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【APH】博愛主義者の憂鬱 上

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それを見た時、俺は息をするのも忘れた。
視界のほんの隅、手を伸ばしても届かない場所で、馬上から転げ落ちるあの子を。
その時、俺は息を吸って、言葉にならない怒声と悲鳴を同時にあげた。
血しぶきと剣と怒号の飛び交う中、それさえ聞こえないような距離にいるあの子に向かって。
その時、俺はあの子の名前を叫んだ、のだと思う。
それからあとのことは、よく覚えていない。


                   [ 博愛主義者の憂鬱 ]


こんな日にうってつけの最高の夢だ。どこかの隣国の呪いだろうか、自作兵器でも喉に詰まらせてたらいいのに。
そう心の中で毒づきながら俺は地下への石段を下っていった。階段を降りる前に見た空は、絶対不変の灰色。
全く神様というものは容赦がない。こんな日ぐらい晴れさせてやればと思うし、雨でも降ってくれれば少しでも自己陶酔に浸れるというのに。気持ちのいい朝が台無しだ。
一段降りるたびに視界が暗さを増し、右手に触れる壁が更に冷たくなる。かつん、かつん、かつん。温かさのない足音がやけに大きく響く。
薄闇の中でぼんやりとしていたらしい兵士が俺に気付いてさっと立ちあがった。
目が合う。そいつはまだ若々しかった。14、15ぐらいか。瞳にまだ光があった。きっとまだ戦場を見たことがないのだろう。

「あのお方から話は聞いているだろ?退いてくれる?」
「はっ」
「終わったら呼びにいくから」

そういうと彼は真面目に返答しながら、でも内心少し嬉しそうにして階段を上がっていった。それもそうだ。確かに外は曇天だがこんな薄暗くて冷たいところにいるよりはましだ。
そんなところに彼をぶち込んだのは、俺たちだが。
少し目をつぶって、息を吸う。ひんやりした空気が流れ込む。
彼は牢の中にいるはずだが、ベッドに潜りこんでいるようでこちらからはよく見えなかった。床からずっとずぅっと上にある窓から零れる光だけが頼り。俺がついに覚悟を決めた時、

「フランス」

か細い声が弱々しく石壁に響いた。

「・・・起きてたのか」
「ああ」

しばらくせき込む音がして、ごそごそと布団が動いた。

「少し前から体が言うことが聞かなくなってな。食べ物も受けつけないし、寝たり覚めたりの繰り返しだ。
 ・・・これが国家としての衰弱死か、と思ってる」
「ばか、あのな」
「ふざけるな」

息をのむほど生白くて細い体が、ひょろりと現れた。そのまま彼はふぅ、と疲れたように息を吐いてその上体をベッドに座ったまま壁にもたれさせる。

「俺だって、戦争なんて何回も経験している。もう、子供じゃない」

まだ完全には声変わりをむかえてない声で彼は言って、力のないまま微笑んだ。

「今日か、明日か。そんなものだろう?」
「・・・・・・」
「俺のわがままを聞いてくれて、感謝する」

目をつぶる。戦が終わった後、彼と直接やりあわずにすんだことにほっとしていた俺に、彼を捕縛したとの連絡がきたのは少し前だ。
そしてそのまま、できれば最後の時まであうまいとしていた俺に伝えられた伝言は、少しお兄さんには痛烈過ぎた。

『一度、弟の最初で最後の願いを聞いてくれないか』

目を開ける。以前あった時より彼は思ったよりは成長していなかった。先ほどの兵士と同じぐらいか、それ以下か。
ほんの少しのびた金髪はそのままに、その綺麗な空色の眼には年不相応のたっぷりのかげりを蓄えて俺を見上げている。
こんな姿を見たくなかったからあいたくなかったのに。
想像以上に、痛々しかった。

「・・最後にあいつにあったのはいつだ?」

無理やり沈黙から抜け出そうとして酷い質問をしてしまった。即座に撤回しようとした俺を遮って彼は淡々と答えた。

「オーストリアのところを出て行ってからだ」
「・・・・へぇ。随分前じゃない?」
「・・・強い国になって、あいにいこうと思ったのに」

彼はふぅ、と息をついて自分の体を眺めて寂しそうに答えた。

「このざま、ではな」
「・・・っ」
「・・・と、最近まではそう思っていたが・・・やっと一目でもいいから見に行こうと思えるようになったのに、今度は体が動かない」

ふと彼は上を見上げた。俺もつられて上を見上げる。
窓からこぼれる、光。

「絶対あいにいくといったのに・・・」

すぅ、と彼は血の気のない手を組んで、目を伏せた。敬虔な祈り。
何を、想っているのだろう。
あの子も、何を想っていたのだろう。

「・・・フランス」
「何だ」
「神は」

手を組んだまま彼はこちらを見た。

「嘘をついたと、俺をたしなめるだろうか」
「・・・」
「約束を、誓いをしてしまった俺を許してくれるだろうか」

また、寂しそうに、そして哀しそうに。

「あいつは俺のことなんて忘れてるかもしれないが」
「それはねぇよ」

思わず声を荒げて間髪をいれずに答えてしまった。彼が目を見開く。
そして、初めて幸せそうに、微笑んだ。

「・・・それで、何なんだ。俺だってそこまで暇なわけじゃないからね」

嘘だ。戦の終わった後の俺の役目は、たった一つ。そしてそれまでは寝床でただただひたすら酒を煽って現実逃避をしてるだけ。
海峡挟んで向こう側の海賊も笑ってて、山脈越えた向こう側のあいつも笑っている、皆々笑顔の武器のない血の見えない緑と青で彩られた愛の溢れる夢幻の世界。
あぁ、だからあの子の夢を見たのかもしれない。

『私のわがままを、一つだけ、聞いていただけますか』

「わかっている」

かくん、と人形のように頷いて、彼は枕元から何かをだした。

「この手紙を」

檻の隙間からそろり、と病的なほど白い手が分厚い羊皮紙を差し出す。
少し、考える。

「・・・お前」
「叱らないでやってくれ。俺が無理やり頼みこんだんだ」

囚人には食事と水以外一切何もやってはいけない。声を掛けられても言葉を交わしてはいけない、はずだ。
なるほど、あの兵士と彼は外見だけでいうと同じぐらいだ。あの兵士はきっと彼のことをただの囚人だとしか知らないはずだから、容易に気を許したのだろう。
きらりと光る目を思い出す。息を吐く。
こいつにも、俺にも、あんな時代はあったはずなのに。
俺は彼を無言で見下げる。彼は羊皮紙をずぃ、と更に差し出した。

「これを、」

急に思考が回り始めた。彼が何をしようとしているのかわかった。いわないでくれ、いわないでくれ、その先を。
いわれてしまったら、俺は。

「イタリア、に」

名前さえも愛しそうに呼ぶその姿に、頭からつま先の神経が震えた。