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しーど まぐのりあ1

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亡国の皇子なんてものは、一切必要がない。それも、第三皇子なんていうと、価値がないに等しい。それでも、王と王妃から命じられたことは果たさなければならないだろう。幸い、路銀は足りるほどあるし、すぐに、それは果たせると思っていた。全てが終わったら、残った路銀でどこかへ行こうと思う。きれいな湖があるところがいい。そこで、ぼんやりと終わりを迎えればいいと漠然と思っていた。


「お願いします。」
「うーん、それだけのお金の前借というのはねぇ・・・ちょっと、待ってて、いえ、明日、明日にしましょう。今日は帰りなさい、キラ君。」
「・・あ、いえ、そういうわけには・・・」
「ああ、そうだったわね。じゃあ、これが今日の分よ。」
 手渡された薬の包みを手にして、女主人の部屋を出る。大層な前借を頼んだら、あからさまに困った顔をされた。自分だったら、断るかもしれない額なんだから、明日になっても事態は変化しないだろうと考えて、仕事のための部屋に戻る。僕の仕事は、いわゆる男娼というやつで、この娼館で働いている。僕は売られた身ではないから、通いではあったけど、やっていることは変わらない。貰った薬は、痛み止めと催淫効果のあるもので、素人の僕が、お客の相手をするには必需品だった。
 客は、このマグノリア館の玄関で、好みの男娼を選び、部屋へ入る。だから、みな、ここで客待ちをするのが常だった。なんの取り得も技能もない僕には、この仕事ぐらいしかなかったから、仕方がない。とりあえず、病院にある借金を返済して、日々の生活を維持するには、この仕事は理想的ですらあった。夜の仕事だから、昼間は自由になるし、見た目には怪我をすることもない。マグノリア館は、娼館の割りに、かなり男娼に好意的だった。だから、一日に何人も相手をすることもないし、無茶なことは要求されても断ることができる。
 ここの下働きを始めて、すぐに、返済に行き詰った。困っていると、女主人が、「それなら、身体を売ればよい」 と提案したのだ。非道だと言われるかもしれないけど、それしか方法がなかったのだから、僕には有難いことだった。女性なら、かなりイヤなことかもしれないけど、男の場合、特に、僕みたいな心持ちの人間には、さほど抵抗はなかった。たぶん、誰にも叱られることがないし、今後、それで困るようなこともないからだろう。


 泊まり客がいる場合は、そのお客が出立してから、家に戻る。客が出てから、身体を洗い、身だしなみを整えていたら、このマグノリア館の女主人がやってきた。
「キラ君、今夜は、早めに来られるかしら? 」
「はい、大丈夫です。」
「なら、日が暮れたら、すぐに来てね。」
 おかしな待ち合わせ時間だな、と、僕は内心で首を傾げつつ承諾した。女性の身で、マグノリア館を経営するマリューさんは、剛毅な人で、この街では通っていた。普通はやらない。けれど、こんな商売であるはずなのに、誰も彼女の悪口をクチにするものはいない。不思議だと思うけど、お陰で、僕は日銭を稼げるのだ。病院への借金分は、マリューさんのほうで貯めてもらって、一月単位で受け取っている。生活費のほうは、その積み立てる以外の分を、その日その日で渡して貰っている。
「でも、ほんと、どうしたの? 別に慌てることでも、できたの? 」
「っていうか、予定を考えてたら、ものすごい時間がかかることがわかったから、それはまずいだろうなって、気が付いたんです。お金を返すには、後三ヶ月は働かなきゃならないし、それから旅費を貯めてたら半年はかかります。そんなにかかったら、向こうも心配しているだろうから。」
「そういうこと? うーん、なら、たぶん、大丈夫よ。」
「えっ? 」
「さすがに、私には、それだけのものを用立てることは、できないから、知り合いに頼んでみることにしたの。ただし、それだけの借金となれば、ある意味、身売りということになるだろうから、あなたは動けないわよ。それは覚悟して。」
「それは構いません。」
 元から、そのつもりだった。とりあえず、一枚分の特等室の切符と、それから、向こうで駅から家までの馬車の代金があればよかった。それだけ準備できたら、とりあえず、僕の両親が命じたことは果たせる。

 朝といっても、早朝ではないので、市場なんかも開いている。食材を買って、家に戻ると、どうやら同居人は、僕が出しておいた課題をやっていたらしく、机で綴り方を練習していた。
「おかえり、キラ。」
「ただいま、カガリ。昨日の課題? 」
「ああ、昨日の夜からやってたんだけど、間に合わなかった。すまない。」
 カガリは僕の姪で、僕の姉が産んだ娘だ。僕より四つ年下の今年十歳になる女の子だ。この子を、姉の許へ送り届けるのが、両親から頼まれたことだった。けれど、途中で、カガリが風邪をこじらせて肺炎を起こした。それで、この町の医者に診せて、一月ほど、そこに入院して治療してもらった。まだ、完全に復調していなくて、時々、熱を出す。医者からは、精神的なこともあるから、早く親元へ送り届けてやりなさいと勧められた。とはいうものの、僕が持っていた路銀や、装飾品は、ここでの滞在費や医者への支払いで、きれいさっぱりと消えてしまっていた。子供が極端に少ない、この町では、子供のクスリは貴重品で、それだけでも高額になったのだ。それだって、完済できたわけではなくて、分割して支払っている。
「別に、無理に終わらせなくてもいいよ。食べたいものでもある? 」
「いちごが食べたい。」
「・・・じゃあ、後で買いに行こう。朝は? 」
「食べたぞ。キラは? 」
「僕も、向こうで食べてきた。」
「じゃあ、ちょっと質問に答えてくれ。」
「いいよ。洗濯しながらでもいい? 」
「ああ、それなら、外でやろう。」
 四つ年下のカガリは、物言いが尊大である。それは仕方がないし、家事一切も経験がないから、頼んだりもできない。もちろん、僕もほとんど家事なんてしたことがなかった身だけど、それでも第三皇子なんていう気楽な身分だったから、ばあやの家に長いこと預けられていたりしたから、多少のことは目にしていた。洗濯や掃除、料理という一連の家事を、どうにかできたのも、そのお陰だ。僕のばあやは、少し変わり者だったので、できることは自分でやりなさいという教育方針だったからだ。
 外の水場で、洗濯をする。その横で、カガリが課題についての質問をする。それに答えて、時には、それをカガリ自身に考えさせて結論へと導いてやる。「キラは、うちの教師たちなんかより、わかりやすい。」 と、カガリは褒めてくれるけど、まあ、自分がわかっていることだけしか教えてないから、それはどうなんだろうと苦笑していたりする。
「なあ、キラ。仕事というのは、どんなものなんだ? 」
「えっ・・・うーん、肉体労働かなあ。たぶん。」
「具体的には? 」
「・・・・・・」
「キラ? 返答できないのか? 」
「いや、えーっと、うちで僕がやってるようなことだよ。」
 まさか、男娼で・・・とは返事できなくて、いつも、僕は返事に詰まる。というか、カガリは、その単語すら知らないだろうな、とも思う。僕だって、この町に来て、医者から紹介して貰って、マグノリア館のことを知ったのだ。
作品名:しーど まぐのりあ1 作家名:篠義