しーど まぐのりあ1
「おまえ、大丈夫なのか? キラはドンくさいから、苛められてたりするんじゃないのか? 」
「ううん、親切にしてもらってるよ。」
「もし、苛められてたら、私に言え。私が文句を言ってやる。だいたい、キラは成人していないのに、夜に仕事させるていうのが、そもそも間違いだ。」
「うん、でも。昼間に働くと、カガリが具合が悪くなったりしたら、大変だし・・それに、このほうが稼ぎがいいんだよ。」
「すまないな。私が病気になったから・・・」
「僕こそ、こじらすまで気付かずにいて、ごめんね。」
カガリは、限界まで黙っていた。僕が、慣れない旅で右往左往していて、とても言い出せなかったのだ。物言いは悪いけど、カガリは優しい。この言葉遣いだって、本来のカガリの身分でいえば、問題ではない。僕の姉は遠方の国に輿入れした。カガリは、皇女である。だから、庶民の生活なんてものは知らない。なぜだか、カガリは僕がお気に入りで、姉が里帰りした時に、一緒に来て、帰る段になっても、「キラも連れて行く。それができないなら、ここにいる。」 と、駄々を捏ねた。その所為で、カガリは姉と帰国しなかった。
「キラ、私の国に帰ったら、キラに助けて貰った分は、私が返す。きっと、キラが喜んでくれるように、私は努力する。」
「・・うん・・・それじゃあ、今は僕の言うこときいてね。」
「わかってる。とりあえず、そのために勉強する。」
でも、僕はきみを送り届けたら・・・・その先は、もう決まっているんだけどね。きみと暮らすことはできないんだよ。
亡国の皇子を匿うということは、いくら実弟とはいえ、姉の嫁ぎ先の国での立場が悪くなる。それは、絶対にやってはいけないことだ。両親は、向こうへ亡命すればよいと言ったが、そんなことはできるわけがない。姉の地位を害すことは、姉自身の命の危険も伴う。だから送り届けられたら、その時が別れの時になる。
夕刻早めに、マグノリア館に出た。館の庭にあるマグノリアの木は、もう季節が終わり、あの白や紫の花はつけていない。館の名前と、この館の仕事が不釣合いだと、いつも思う。
「キラくん、こちらにいらっしゃい。」
玄関の広間に入ったら、そこに女主人が待っていた。女主人の執務室に促されて入ると、そこには銀髪のきれいな人と、金髪の大きな人が、ちょうど対のように立っていた。
「キラくん、あなたが、なぜ、借金をしたいのか、正直に、この人たちに話しなさい。納得ができる内容なら、この人たちが、それを貸してくれるから。」
その二人の前に、立たされた僕は、マリューさんの言葉に頷いた。
「これを、俺に買い取れ、と言うのか? マリュー。」
銀髪のほうの人が、カガリのような尊大な物言いで、僕を睨みつける。
「然様でございます、イザーク様。あなたが適任と思いまして・・・ちなみに、もし、お引き受けいただけなかった場合は、パトリック様にお願いしてみようと思います。ただ、あちらには同年のご子息がいらっしゃいますので。」
「ははは・・・パトリックとは、いい当て馬だなあ、マリュー。」
金髪の人が、からからと笑って、ウインクした。しかし、銀髪の人は、笑いもせずに、「では、借金の理由を述べろ。」 と、僕に指を突き出した。
「僕は、僕の姪を、ある国まで送り届けるように、両親に命じられました。それが、路銀が足りなくて、ここで足止めになっています。姪は身体を弱らせてしまったので、一刻も早く、その国へ返してやりたいんです。そのために、現在ある借金と、それに、姪の旅費を上乗せした金額を、お借りしたいのです。」
「借金とは? 」
「姪が入院して、病院に、その支払いが残っていて・・・・」
「で、その借金の担保は? 」
「僕自身しかありません。」
本当に何もない。残っているのは、僕の身体と生命だけだ。
「じゃあ、おまえの姓名は? 」
「キラ・ヤマトです。」
「どこの国のものだ? 」
「遠方の・・・もう、ありませんが・・・」
「ヤマトか・・・そういう王室があったな? ちよっと遠方に。おまえ、その王家の人間だな? 」
「はい。」
「身分は? 」
「現王の第三皇子でした。」
その国は、すでに侵略されて滅んだ。両親も、上の兄たちも滅せられたはずだ。もう、何も残っていない。
「イザーク、確か、そこの皇女が、こっからちょっと先の国に嫁いでる。そこに、娘がいる。」
金髪の人が、そう耳打ちする。すると、「わかっている。」 と、振り向きもせず、イザークも応じる。なるほど、とイザークは、マリューに視線を合わせた。つまり、これは亡国のものだから、引き取れということなのだろう。相手も微かに頷いている。
「その借金と旅費で、総額は? 」
キラが、その金額を口にすると、「おい、待て。」 と怒鳴られた。医者への借金は、まあいいとしても、旅費が、その国までの汽車賃にしては高額すぎたからだ。
「おまえ、それでは多すぎるだろうがっっ。」
「いえ、汽車の特等室の切符一枚です。それなら、個室だし食事もついています。それと、その国での馬車を雇うお金と、それでギリギリのはずです。」
「なんで、特等室が必要なんだ。」
「姪は、まだ十歳です。出来る限り安全に帰らせたいからです。」
「バカだろ? おまえ。十歳にもなれば、ひとりで汽車ぐらい乗れる。それに、あの国なら、ここから三日もあれば着く。その程度なら・・・」
ただ汽車に乗って、適当に停車する駅で食事を買えばいいだけのことだ。十歳なら、それぐらいはできるはずだから、特等室なんて必要ないとイザークは言い募ろうとして、キラに語尾を被せられた。
「僕が付いて行けないから、できるかぎりのことはしたいんです。・・・貸していただければ、僕の身体なり生命なりは、ご自由にしてくださってかまいません。お願いします。」
聞く耳は持たない。相当な頑固者かもしれないと、イザークの隣りでディアッカは苦笑した。身売りしなければならないほどの額ではない。その僅かの金額のために、身体でも生命でも好きにしてくれとは、さすが、亡国のものだ。
「イザーク、これは預かったほうがいいんじゃないの? 」
「ディアッカっっ。」
「だって、こいつ、本気だし。たぶん、おまえが断ったら、確実にパトリックのところに身売りする。別にそれでもいいけどさ。そんな格安の商品を、あれに譲る必要はないじゃん? 」
格安? と、イザークはその秀麗な眉を引き上げた。格安ではない。これは高額な買い物だ。キラという人間の全てを買い取るということは、もし、キラが長く生きているつもりなら格安な商品ではあるだろう。だが、これは亡国のもので、どこまで生きているつもりかわからない。用立てて、その日に死なれたら、それこそ買取損になるのだ。
「おまえ、まだ世慣れていないな? 」
「そうか? おまえが管理するなら、問題はないだろう。格安にすればいいんだ。そうだろ? 」
そういえば、と、金髪の髪をきらきらと輝かせつつ、ディアッカは、キラの年齢を尋ねる。今年で十六になるという答えに、ふーんと唸って、ちらりとイザークに目をやる。
「いかがですかしら? イザーク様。」
作品名:しーど まぐのりあ1 作家名:篠義