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あなたを好きになって

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 空港の夜景も綺麗だし、海だって近いよ、と笑う声さえ、もうまともに聞こえない。嗚咽が零れるのだけは必死に堪えて、取られた手の引かれるほうへ歩いた。エレベーターで、彼が借りた部屋の階まで。その短い間に、臨也さんはまた『愚痴』を言う。


 「新宿のマンションには車は置いてないけど、渋谷と池袋の方にはあるし、確認するのにも一苦労だねぇ、帝人くん?」

 「・・・・そう、ですね」

 「あーあ、帝人くんがくるなら掃除しなきゃなぁ。資料部屋みたいになってるから片付けるのも一苦労なんだ。見られたくない書類もいっぱいある」

 「・・・はい」



 「・・・・でもそれ以上に、知ってほしいことばっかりなんだ」



 例えばこの部屋から見る夜景とか。
 促されてバルコニーに立つ。空港の夜景、灯台が照らす暗い海、歪んで全部が光の洪水になる。でもすごく綺麗だと思った。臨也さんが、見せてくれたと思ったら。
 ふいに、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。首筋に臨也さんの鼻が当たる。すん、と大きく息を吸って、それから小さく言葉が漏れた。



 「やっぱり、帝人くんの匂いが、一番好きだ」

 「すごく、好きだ」



 夏場は暑苦しいと思ってみていたコートに包まれて、僕も深く息を吸う。いつの間にかこんなに、離れがたいと思える季節になった。季節が巡るのを知らないまま、傍に居るのは怖いと思うほど。
 だけど今日、一つ彼を知った。だから、一時間ほど前にはもう離れよう、と覚悟した心で、今度はもっと彼を知ろう、と決意する。


 それから嗚咽の混じった声で、僕も確かに、好きだと応えた。
 きっとこれから、もっと好きになると、そう。




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作品名:あなたを好きになって 作家名:キリカ