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空色ランタン

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1.

「……遊馬ったら、遅ーい……」
 ブーツの尖ったつま先をこつんと地面に打ち付けて、小鳥は日の落ちた空を見上げた。
 小鳥のいる正門前は、いつもの時刻ならまばゆく点灯するはずの街灯が今日は灯らない。その代わりに、正門の両脇に固まって並べられた大小のジャック・オー・ランタンが、目鼻口から蝋燭の光をちらつかせていた。
 正門のさらに奥のエントランスでは煌々と照明が灯され、大人数のざわめきが軽快なBGMに乗って流れて来る。その賑やかさが、正門前の物寂しさをいや増している。
 今夜はハロウィン。それに伴って小鳥たちの学校ではちょっとしたイベントを開催していた。催し物の例を挙げるなら、仮装デュエルやコンテスト。近隣の住人の住人の協力の元、お菓子を求めて校外を練り歩いたり。イベントはもちろん自由参加だが、これまでにかなりの数の生徒や教師が仮装して集まってきた。小鳥や遊馬、彼らの仲間たちも参加する約束をしている。
 約束通り、仲間たちはやって来た――遊馬を除いて。遊馬はまだ来ていない。D-ゲイザーにも着信はない。せっかく遊馬の分まで取って来たのに、と小鳥は右手にぶら下げたジャック・オー・ランタン型の小さなバスケットを眺めやった。
 小鳥がこんなところでそわそわしているのには訳がある。仮装デュエルの参加申込が間もなく締め切りになるのだ。早く受付を済ませないと、今夜のデュエルに参加できなくなってしまう。
 まさか、今日のイベントを欠席するつもりなのか。いや、デュエルをこよなく愛する遊馬がデュエルをする機会をみすみす逃す訳がない。幼馴染として、小鳥はそのことをよく知っている。欠席でないのなら、思い当たる点が一つだけあった。
「もしかして、またナンバーズが現れたんじゃ……」
 ナンバーズ。謎の生命体・アストラルに出会って以来、遊馬の行く先々でナンバーズの影がついて回るようになった。超常現象に見舞われるのは日常茶飯事。酷いのになると、小鳥が一瞬目を離したすきにまるで神隠しに遭ったように姿を消してしまったこともあった。おまけに、ナンバーズハンターには、ナンバーズを魂ごと狙われている。小鳥にとってナンバーズは、目下の心配の種だ。
 受付の期限は刻々と迫っている。つま先を打ち付ける音が段々忙しなくなる。遊馬の姿はどこにも見えない。 
 一度遊馬に連絡を入れてみよう。そう決心して小鳥がD-ゲイザーを手に取った時だ。
「!」
 暗がりの向こうで、小石を蹴飛ばしたような音がした。
「――誰?」 
 小鳥が誰何の声を投げかけると、闇の向こうで何者かが息を飲んだ。
「遊馬? 遊馬でしょ? そこにいるの」
 小鳥の問いかけは、半分以上は願望だったが、
「……あっちゃー、ばれちまったか。もっとうまく隠れたつもりなんだけどよ」
 返って来たのは能天気な声音。紛れもなくそれは、普段から慣れ親しんだ幼馴染のものだった。小鳥はほっと安堵の息をつく。
「もう、何やってるのよ、遊馬。いつまで経っても来ないから、私、てっきり」
 言いかけて、小鳥は口を噤んだ。遊馬がいつまで経っても暗がりから出て来ない。
 あのどんちゃん騒ぎはどこに行ってしまったのか、いつの間にか辺りは静まり返っていた。気味の悪いほどに。それが小鳥の焦燥感に拍車をかける。
「遊馬、どこにいるの?」
「さあ。どこにいると思う?」
「ふざけないで」
 人を食ったような遊馬の返事に、小鳥は思わず声を荒げた。小鳥の苛立ちをよそに遊馬は、ごめんごめん、と笑い混じりに謝る。
「オレにはすっげーよく見えるぜ。小鳥がどこにいるかも、どんな恰好してんのかも」
「嘘」
 正門前を照らすのはジャック・オー・ランタンの蝋燭の光のみだ。近くまで寄ったのならともかく、遠目からは人の恰好などはっきりと見えはしない。
「嘘じゃねえって」
「だって、私からは遊馬がどこにいるか全然分からないのよ。いい加減に早く出てきなさいよ」
「――じゃあ、試しに当ててみっか?」
 小鳥の願いも空しく、遊馬はどうあってもすぐには姿を現さないつもりのようだった。
作品名:空色ランタン 作家名:うるら