空色ランタン
「ええと。小鳥が今着てんのは、ガガガガールの服だよな。この前参加するって言ってた時は、何着てくかオレたちにすっげー内緒にしてたけど」
正解だ。小鳥は知らず知らずの内に身構えていた。腰に結ばれた大振りのリボンが弾みでふわりと揺れる。
「で、手に何か丸いものが二つ。カボチャか、こりゃあ? それと小鳥、オレはそっちにはいないぜ。探すんだったらこっちこっち」
遊馬の言葉に、小鳥は正門前の階段の右側に何となく向けていた目を恐る恐る反対側にやる。一際影の濃いその場所には、一筋の光すら見当たらない。
「どうやったらこっちが見えるの? 懐中電燈の一つもなしで」
「それは、ヒ・ミ・ツ。ってことにしといてくれ」
「何よそれ……」
もったいぶった遊馬の台詞に、小鳥は緊張を解いて思わず吹き出した。遊馬もへへへとおかしげに笑う。だが遊馬は不意に笑いを引っ込めると口調を改めてこう言った。
「小鳥。今夜はすっげー楽しい夜になるぜ。オレが保証する」
「遊馬?」
それきり遊馬は黙り込んだ。さっきまでの陽気さが嘘のように。相手が沈黙してしまったら、小鳥は暗がりの中で一人きりだ。不安を隠しきれない様子で、小鳥は幼馴染の名を呼んだ。
「遊馬。……遊馬、遊馬、――遊馬っ!」
「うぇあ、あ、は、はいぃぃっ!」
最後に語気を強めて名を呼べば、階段の陰から素っ頓狂な返事が聞こえた。小鳥が早足で近づいてみると、そこにはガガガマジシャンの恰好をした遊馬が一人でうろたえていた。
「何よもう! そんなとこにいたの!?」
「うぇ、ああ、ごめん!」
小鳥の剣幕にのけ反る遊馬。衣装を取り巻いている鎖が彼の動きに合わせてじゃらりと鳴った。よく見れば、とんがり帽子が頭からずり落ちて、真っ赤な前髪が何本かはみ出している。服に着られていること以外は、遊馬の態度も、胸元の皇の鍵も、全ていつも通りの彼だった。
小鳥はそれ以上は責めることなく、その手にランタン型のバスケットを渡してやる。すると、聞かれてもいないのに遊馬が勝手にぺらぺらと喋り出した。
「小鳥がこんなところに一人でいるからさ、つい脅かしてみたくなっちまったんだ。ほら、アストラルはオレにしか見えねえだろ。んでもってすっげー光ってるもんだからさ、こいつの光を懐中電灯代りにしてこっそり近づこうかな、と」
遊馬が余さず白状した悪戯の内容に、頬をひくつかせた小鳥。自分のバスケットから小さな袋を取り出して、遊馬の眼前でこれ見よがしに振ってみせた。蝋燭の光ではよく見えないが、ハート付きのリボンでかわいく包装されたお菓子袋だった。
「ふうん、そうなんだ。――そんな悪戯するんだったら、これはいらないよね」
「ごめんなさい。もう悪戯はしないから、お菓子下さい」
「よろしい」
お菓子袋を差し出せば、遊馬は礼を言っていそいそと自分のバスケットに入れる。
「いつまで経っても来ないから、心配してたのよ。またナンバーズの事件に巻き込まれたんじゃないかって」
「んな訳ねえだろ。それに、もしナンバーズが現れたって、すぐにオレが倒してやっからよ」
有り余るほどの自信と希望に溢れた遊馬の笑顔。毎回毎回厄介な事件に巻き込まれては小鳥や仲間たちを心配させる彼だが、その度に彼の笑顔と言葉に安心してしまうのもまた事実だった。
「でも、おっかしーなー。何でばれたんだろ……」
今一納得のいかない様子で、遊馬は首をひねった。かと思えば、いきなり宙を向いてがなり立てる。
「だからお前は、そういうこと言うなって!」
「アストラルは何て言ったの?」
「聞いてくれよ、小鳥。こいつ、『君におんみつこーどーは千年早い』だってよ!」
あれよあれよという間に、小鳥の目の前で遊馬とアストラルの口喧嘩が繰り広げられる。小鳥からはアストラルの言動は分からないが、大体の内容は察することができた。二人の口喧嘩はそのまま延々と続くかと思われたが。
《――仮装デュエルの参加申込、まもなく締切になります。参加希望の人はお早めにお申し込み下さい。繰り返します……》
スピーカー越しに流れるアナウンスに、遊馬と小鳥は顔を見合わせた。
「やっべえ! 早く行かねえと、デュエルに参加できなくなっちまう!」
「大変! 遊馬、先に行って! 私は後からゆっくり行くから!」
「悪い! そんじゃ、またな小鳥!」
かっとビングだ、オレ! と気合を入れて、遊馬は猛ダッシュで正門を駆け抜けて行った。どたばたとした足音とじゃりじゃりと鳴る鎖の音が、小鳥の元からどんどん遠ざかる。
後ろ姿が見えなくなるまで見送って、小鳥はさあ自分もとゆっくり歩き出す。
「……あれ?」
会場に向かう途中、小鳥はわずかばかりの違和感を覚えて首を傾げた。
先ほどの遊馬とのやり取り。ともすれば見逃してしまいそうな小さな綻び。
おぼろげに小鳥の心に疑問が浮かぶ。しかし、それはすぐにノリのいいBGMに紛れてなくなってしまったのだった。