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完璧な灰にはなれないけれど

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「落ち着いてください。アイク」
「これが落ち着いていられるか……! 気に入らん、反対しようともせん貴族どもも、そこに組みこまれている俺自身も!」
「アイク、あなたの気持ちはわかりました。……少し、声を落として話しましょう」
 クリミア王宮の一隅、救国の英雄に与えられた居室での会話である。
 外からは残照がたおやかな光線として射しこみ、行き交う人々の足音も高い。そも再建直後の王城で怠惰に明け暮れる人間があるわけもなく、日が完全に落ちてからも城は眠ることがない。若き国主エリンシア女王を筆頭に群臣はこぞって炬火をともし、照り返しに肌を炙られながら、戦乱に疲弊した国民や他国に逃れた難民への慰撫に新法の制定にと、新たな国家の礎を着実に築きあげているのだったが、そういった穏やかな右手の陰で左手はいまだに剣を離さずにいる。仇国デインの狂王を弑してから季節はまだ一巡りもしていない。アシュナードの悪しき落胤がクリミア国内に焚きつける火種は思い出したように燻り、反逆の煙を立ち昇らせた。
 それらが本格的な炎になる前に鎮圧に向かっていたのがアイクであったのだが、先ほど解散した会議では女王から彼に討伐の指示が下されなかった。
 それを不服と思うほどアイクは驕ってはいない。彼が現在の爵位に驕り高ぶるどころか、その肩書きを心底面倒だと思っていることをセネリオは理解している。彼の激高の理由など、たとえ会議に同席していなかったとしてもすぐに悟ることができただろう。
 突き抜けるように青い視線が、怒りに燃えたままセネリオをとらえる。己へ向けられたものではないとわかっていても、アイクから向けられる否定の意思に心が冷えた。ひそかに深呼吸してから、常の表情を装ってアイクを見返す。
「先の決定は確かにおかしいです。女王らしくないような気がします」
「……そうだ、あいつらしくない。国民を見殺しにするような真似をエリンシアがするはずがない」
 アイクたちにも決して無関係な土地ではない港町トハが、デイン残党により封鎖されたという。
 苦い記憶のある町ではあるが、だからといってその危機を見過ごしていい理由はない。議題を耳にしたときアイクはすでにトハの地図を記憶の底から浮かび上がらせていたというのに、エリンシアは攻撃命令を下すことなく席を立った。クリミア軍からは一将一兵たりともトハに向かわせないという決定がアイクの怒りを招くとわかっていたのだろう、アイクが食ってかかる隙すらないすばやさでの退席だった。
 結果、怒りと困惑を持て余したアイクが取り残されている。
「わけがわからん。これも貴族一流の考えかたってやつなのか?」
「……どうでしょう。王族としての教育を満足に受けていない彼女に、そんなことができるとは思えませんけど。それよりも僕はトハの今後が気にかかります」
 あの町は圧力に弱い。武器を見せびらかせば容易に賊軍になびくだろう。最悪海路を封じられ、赤子同然のクリミアを外側からじわじわと圧殺されかねない。それ以前にこの不安定な時期に国民を見放したとなれば、せっかく好意的に迎え入れられたエリンシアが女王の椅子から蹴落とされる可能性もあるのだ。彼女の側近たちがその程度のことに気づかないほどの暗愚揃いのわけでもあるまい。
 目の前のアイクの、いつもより深く刻まれた眉間の皺を見つめる。
「どうしますか、アイク。……といっても、クリミア貴族であるかぎり女王の命は絶対ですが」
「トハを見殺しにはできん」
 吐き捨てられた言葉を拾い、セネリオはあっさり頷く。
 セネリオにとってはクリミア国主の厳命などより、アイクの希望のほうがはるかに価値のあるものだ。いつ彼が王宮を発つと決めても構わないよう、セネリオにはそれを叶えるだけの準備もできている。それに比べればトハの逆賊討伐など容易すぎる問題だ。
「では、トハの残党を殲滅しましょう。……要はクリミア軍の懐を痛ませなければいいだけの話です」
「どうするんだ?」
「アイク、あなたはクリミアの将ですが、同時にグレイル傭兵団の長でもあります。僕たちに残党討伐を命令してください」
 アイクを除く傭兵団の者たちは軍属ではない。クリミア軍の一兵たりとトハへは向けぬというエリンシアの決定に背くことにはならないだろう。多数で押しきる戦法のほうが楽ではあるが、少数精鋭だからこそできる戦いかた、寡兵で戦い抜く実力をグレイル傭兵団はもっている。十にも満たぬ人数でデインの正規兵一旅を相手どった経験があるのだから、残党狩りなど大した障害にならない。
「ただし、アイクは城に残ってください。あなたはまだ、女王を助けるつもりなのでしょう?」
「……ああ」
 窮屈でしかない王宮の暮らしをアイクが耐えているのは、エリンシアの不安を軽減してやるためだ。生まれ落ちたときから王位継承権の与えられていなかったエリンシアは、国政に関する知識をまったくもたない。平民の出であるアイクから何をしてやることもできないが、せめて彼女がひとりで立てるようになるまではと、傍にあることを決めたのだった。
 孤独で足が竦み歩けないのなら共に進もうと、その決意は揺るがずにアイクのなかで根づいている。
「任せていいか、セネリオ」
 下された決定に首肯した。
「夜にでもティアマトを呼んでもう一度話そう。おまえたちがいない間は俺もおとなしくしている」
「ええ、安心して待っていてください。なるべく早く終わらせますから」
 誇張でもない返事をして、セネリオはようやく険を払ったアイクへ小さく微笑んだ。



「アイク将軍、少しいいかしら」
 ひそやかな声とノックに、アイクとセネリオは顔を見合わせる。立ち上がろうと腰を浮かせたのを制してセネリオが身を翻した。
「……ルキノ? どうしたんだ」
 腰まである髪を揺らして入室した女将軍は、エリンシアの股肱の臣下のひとりだ。常に陰のように女王に寄り添っているルキノが供も従えず現れたことに不審をみせたアイクへ、彼女は柳眉を寄せて苦悩をあらわにした。
「先の会議のことで少し。……エリンシアさまが、あなたに対してとてもお心を痛めておられるわ。強引なことをしてすまないと」
「トハのことならもう気が済んだ。うちの傭兵団を使って鎮圧させる」
「本当に?」
 驚愕と安堵の複雑に混じりあった表情で瞠目したルキノは、深い吐息をついて長い前髪を掻き上げる。
「よかった。今、あなたにそれを依頼しようと思っていたの」
「いったいどういうことだ? なぜエリンシアはあんな命令を出す? 冗談でもあんなことを言う奴じゃないだろう」
 一年近い時を共に過ごせばそれぐらいはアイクにもわかる。常に真摯でありアイクのような平民にさえ敬語を使う、戦場でさえ誠実であろうとするような彼女が下した決断にしては、トハの放棄は低俗すぎるのだ。加えて、そんな命令を出しておきながらアイクの傭兵団に鎮圧を依頼しようとする不可解さがある。
 クリミア女王が姉とも慕う将軍は、問いを重ねるアイクから美しい仕草で目を逸らした。
「……いずれ耳に入ることでしょうから、話しておくわね」
「ルキノ?」