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「エリンシアさまのご信頼があなたに大きく傾いていることを快く思わない者がいる。前回あなたが討伐に出かけている間に、彼らがエリンシアさまに詰め寄ったのよ」
　平民ごとき、しかも半獣と馴れ合うような子どもをなぜああも重用なさる、となじられたエリンシアの頬にさっと怒りの朱が差したのを、そのすぐ傍らでルキノは見ていた。女王の右手は剣を抜こうとするルキノの腕を押さえて震えていたのだ。
　エリンシアは己の無力と、それゆえに面白くもない王宮暮らしをしながら不器用に支え続けてくれている青年の厚意を思い知っている。生じた怒りは侮辱された青年のため、父王の友人であったラグズの獅子王のためのものであったが、不幸なことに彼女は感情を露骨に表現していい立場の人間ではない。よぎった激情はルキノの剣把をおさえる指先へと向かった。
「次の討伐があれば、アイク将軍以外の者に任せよと。……けれど私もジョフレも、今エリンシアさまのお傍を離れるわけにはいかない。クリミアにはあなたの代わりを努められるような将も、恥ずかしながらいない」
　前王や王弟のような英傑はもう国内に存在しなかった。それこそ、アイク以外は。
　そのままデインの残党も消滅すれば事は落ち着いたのだが、トハが占領されてしまった。悩んだエリンシアはアイクの不興を買う覚悟で選択を拒否し、ルキノを呼んだのだった。
「……呆れますね。アイクが断っていたらどうするつもりだったんですか。あなたたち姉弟が動く事態になっていれば、結局女王を不安定な王城に置き去りにすることになるんですよ」
「……言葉もないわ」
　断られるだろう、とエリンシアは真顔でルキノに告げた。
　アイクは不誠実をはたらいた自分を軽蔑しただろう、もうクリミア城に留まる気も失せたかもしれないと、色をなくした顔で、しかし一度も俯くことなくルキノを見据え呟いた女王のどこに不実があっただろう。氷点下の視線でルキノを射抜く少年がアイクの望みを絶対としているように、ルキノもまたこの国でもっとも貴い椅子に座する少女の願いをなんとしても叶えようという意識でドアを叩いたのだった。
　ふ、とアイクが小さく嘆息する。
「……よくわかった。ありがとな」
「ええ。……ごめんなさい、勝手ばかり」
「気にしなくていい。あんたも、エリンシアも」
　そう言って救国の英雄は、眉間に皺をつくったままルキノへ笑いかける。
　思わず息を詰めてしまいたくなるような、それは十代の子どもが隠しきれない痛みと疲労を内包した笑みだった。