しーど まぐのりあ2
午後早くに、昨日のディアッカが馬車でやってきた。用意はできたと言われて、ほっとした。小さなカガリのカバンを手にして、部屋を出る。もともと、何も僕のものはないから、このまま部屋は大家に返すようにした。カガリのために用意した本や衣服ぐらいのことだから、迷惑にはならないだろう。
駅で、マリューさんと、イザークさんが待っていて、僕に切符とお金を手渡した。特等室のもので、今からやってくる汽車のものであることを確認して、それから、僕が働いて残っていた少しのお金も、それと一緒にカガリの手に渡した。
「これで、帰れるからね。特等室の場所は車掌が案内してくれるはずだから、大丈夫。退屈なら、カバンに入れてある本を読んでてね。それから、もし具合が悪くなったら、このクスリを飲んで。それでも駄目なら、誰かに頼んで医者に診てもらえるようにしてもらってね。それから・・・あんまり、汽車の中を探検ばっかりしちゃ駄目だよ。それから・・・」
「キラっっ、うるさいっっ。私が向こうに着いたら、父上におまえのことを迎えに来て貰えるように頼んでみるから無理するんじゃないぞ。」
「ううん、それはいいよ。僕のほうは、なんとかするから、きみは、母上の側にいてあげて。キラは、社会勉強をしているから大丈夫と伝えてくれればいいよ。」
迎えなどいらない。それは、無理というものだ。あちらの情勢がどうであれ、僕があちらに迎えられることはない。そうこうしているうちに、汽車が来た。見送って、汽車がホームを離れるまで、僕は、ずっと見ていた。これで、ようやく父母の依頼は果たせた。後は、働いて、それを返せばいい。
駅の入り口まで戻ると、三人が待っていた。マリューさんは、「餞別よ。」 と、小振り紙袋を渡してくれた。それは、たぶんクスリで、それを使う仕事も含まれているということだ。
「もういいか? 」
「はい、すいませんでした。」
僕がお礼を申し上げたら、僕の目の前に書類が突きつけられた。それを読んで、サインをしろとイザークさんが命じる。それは、僕の身体と生命を担保にして、借金をしたという証文だった。どんな仕事でも別によかった。とにかく、カガリさえ無事に帰れれば、それでよかったから、僕は、その証文の内容を適当に確認してサインした。それを渡すと、「よし、契約は結実した。これからは、俺のことは、イザーク様、あいつのことは、ディアッカ様と呼べ。今夜から、おまえはうちの召使だ。」 と、宣言された。感謝の言葉を述べたら、鼻で笑われたけど、とにかく、カガリは汽車に乗り込めた。
「でな、おまえ、あれ、いつ寝てるのか知ってる? 」
四日して、ディアッカは庭で草むしりしているキラを窓越しに、顎で指し示して、イザークに尋ねる。身売りした初日は、ディアッカが毒味だと称して、夜の相手をさせた。昨日は、イザークが、とりあえず味見ぐらいしてみるか、ということで、相手をさせた。一応、命でも身体でも、お好きになさってくださいと、キラがいうのだし、職業だって男娼だったのだから、そういう仕事だと、当人が理解していると思っていたのだが、どういうわけか他の召使いのするべき仕事もしていたりする。窓ガラスを拭いていたり、草むしりをしていたり、と、細かな仕事をやっている。で、ディアッカの疑問なのである。夜は相手をしているわけで、遅くまでキラは働くということになる。しかし、朝は召使いたちの通常の時間に同じように起き出して働いている。三日坊主かと思っていたら、ちゃんと今朝も働いている。
「知らん。おまえ、高額商品にするつもりか? 」
「いや、そのつもりはないんだけどさ。・・・我慢比べ? 」
「なんの? 」
「どうせ倒れるじゃん。なら、倒れてもらってから対応したほうが、いいかな、と、俺は思うわけよ。そんな無謀な生活ができるほど、あれが体力あるとは思えないしさ。」
何かに突き動かされるように、せっせと働くキラを横目に、こいつ、わかっててやってるのか、と憮然と睨み付けた。たぶん、今日、キラは倒れる。その予想は、イザークにしたって簡単に予想が立つ。三日で、キラの姪は、自分の国に到着するからだ。その日数が経過したら、一気に気が抜けてしまうだろう。マリューも、それはわかっているらしく、「四日目に、ご注意くださいね。」 と、進言していた。この街に住む自分たちには、わかりすぎることだった。みな、そんなことを一様に経験しているからだ。
「で、わざわざ、俺の執務室の前の草むしりをさせているのか? 」
ディアッカも承知の上で、わざと、自分たちの視界に収まる場所で働かせている。嫌みなのは、自分の部屋の前でなく、イザークの部屋の前ということだ。
「そろそろだろ? あいつ、ほんと、典型的な亡国のものだよな? 分かり易いのはいいけど、なんていうの? もうちょっとさ。」
「だが、あれは第三皇子のくせに、なんで、あそこまで固執するんだろうな? 普通、それぐらいの身分なら、あんなことにはならないはずだぞ。」
キラのような状態になるのは、普通、国を治めていた統治者と、次に治めるものと、それに寄り添うものと、相場は決っている。第三皇子ともなれば、そこまで国を憂うことはないはずだ。それは、ディアッカも疑問に感じていたことだ。ふと、窓の外を見たら、ころりんと、キラは芝生に倒れていた。
「ああ、倒れたな。どうする? 」
「離れにでも押し込めておけ。ディアッカ、あれは諦めたほうが得策かもしれないぞ。ちょっと、沈みすぎていて引き上げるのは難しいかもしれん。」
「いや、どうにかなるんじゃないの? とりあえず、離れな。」
窓からひょいと、ディアッカは飛び降りて倒れている召使を搬送してしまった。たぶん、気が抜けたのだろう。自分の姪が無事、帰っただろうという気持ちが、今までの生活の張りのようなものを崩れさせてしまったからだ。
しばらくして、キラが離れで目を覚ますと、また、ちょろちょろと庭へと出て、ディアッカに掴まった。離れに閉じ込められて鍵をかけられてしまったので、仕方がないから、窓ガラスでも拭こうと、窓に手をかけた。よく見たら、窓という窓には南京錠がかけられて、そこから外へ出ることもできない。別にキラとしては逃げるつもりなんてないのに、と思った程度のことだ。
きゅっきゅっと、みつけたタオルで、窓を拭く。それを、外から宵闇色の髪の青年が、不思議そうに眺めていたのには気付かなかった。
駅で、マリューさんと、イザークさんが待っていて、僕に切符とお金を手渡した。特等室のもので、今からやってくる汽車のものであることを確認して、それから、僕が働いて残っていた少しのお金も、それと一緒にカガリの手に渡した。
「これで、帰れるからね。特等室の場所は車掌が案内してくれるはずだから、大丈夫。退屈なら、カバンに入れてある本を読んでてね。それから、もし具合が悪くなったら、このクスリを飲んで。それでも駄目なら、誰かに頼んで医者に診てもらえるようにしてもらってね。それから・・・あんまり、汽車の中を探検ばっかりしちゃ駄目だよ。それから・・・」
「キラっっ、うるさいっっ。私が向こうに着いたら、父上におまえのことを迎えに来て貰えるように頼んでみるから無理するんじゃないぞ。」
「ううん、それはいいよ。僕のほうは、なんとかするから、きみは、母上の側にいてあげて。キラは、社会勉強をしているから大丈夫と伝えてくれればいいよ。」
迎えなどいらない。それは、無理というものだ。あちらの情勢がどうであれ、僕があちらに迎えられることはない。そうこうしているうちに、汽車が来た。見送って、汽車がホームを離れるまで、僕は、ずっと見ていた。これで、ようやく父母の依頼は果たせた。後は、働いて、それを返せばいい。
駅の入り口まで戻ると、三人が待っていた。マリューさんは、「餞別よ。」 と、小振り紙袋を渡してくれた。それは、たぶんクスリで、それを使う仕事も含まれているということだ。
「もういいか? 」
「はい、すいませんでした。」
僕がお礼を申し上げたら、僕の目の前に書類が突きつけられた。それを読んで、サインをしろとイザークさんが命じる。それは、僕の身体と生命を担保にして、借金をしたという証文だった。どんな仕事でも別によかった。とにかく、カガリさえ無事に帰れれば、それでよかったから、僕は、その証文の内容を適当に確認してサインした。それを渡すと、「よし、契約は結実した。これからは、俺のことは、イザーク様、あいつのことは、ディアッカ様と呼べ。今夜から、おまえはうちの召使だ。」 と、宣言された。感謝の言葉を述べたら、鼻で笑われたけど、とにかく、カガリは汽車に乗り込めた。
「でな、おまえ、あれ、いつ寝てるのか知ってる? 」
四日して、ディアッカは庭で草むしりしているキラを窓越しに、顎で指し示して、イザークに尋ねる。身売りした初日は、ディアッカが毒味だと称して、夜の相手をさせた。昨日は、イザークが、とりあえず味見ぐらいしてみるか、ということで、相手をさせた。一応、命でも身体でも、お好きになさってくださいと、キラがいうのだし、職業だって男娼だったのだから、そういう仕事だと、当人が理解していると思っていたのだが、どういうわけか他の召使いのするべき仕事もしていたりする。窓ガラスを拭いていたり、草むしりをしていたり、と、細かな仕事をやっている。で、ディアッカの疑問なのである。夜は相手をしているわけで、遅くまでキラは働くということになる。しかし、朝は召使いたちの通常の時間に同じように起き出して働いている。三日坊主かと思っていたら、ちゃんと今朝も働いている。
「知らん。おまえ、高額商品にするつもりか? 」
「いや、そのつもりはないんだけどさ。・・・我慢比べ? 」
「なんの? 」
「どうせ倒れるじゃん。なら、倒れてもらってから対応したほうが、いいかな、と、俺は思うわけよ。そんな無謀な生活ができるほど、あれが体力あるとは思えないしさ。」
何かに突き動かされるように、せっせと働くキラを横目に、こいつ、わかっててやってるのか、と憮然と睨み付けた。たぶん、今日、キラは倒れる。その予想は、イザークにしたって簡単に予想が立つ。三日で、キラの姪は、自分の国に到着するからだ。その日数が経過したら、一気に気が抜けてしまうだろう。マリューも、それはわかっているらしく、「四日目に、ご注意くださいね。」 と、進言していた。この街に住む自分たちには、わかりすぎることだった。みな、そんなことを一様に経験しているからだ。
「で、わざわざ、俺の執務室の前の草むしりをさせているのか? 」
ディアッカも承知の上で、わざと、自分たちの視界に収まる場所で働かせている。嫌みなのは、自分の部屋の前でなく、イザークの部屋の前ということだ。
「そろそろだろ? あいつ、ほんと、典型的な亡国のものだよな? 分かり易いのはいいけど、なんていうの? もうちょっとさ。」
「だが、あれは第三皇子のくせに、なんで、あそこまで固執するんだろうな? 普通、それぐらいの身分なら、あんなことにはならないはずだぞ。」
キラのような状態になるのは、普通、国を治めていた統治者と、次に治めるものと、それに寄り添うものと、相場は決っている。第三皇子ともなれば、そこまで国を憂うことはないはずだ。それは、ディアッカも疑問に感じていたことだ。ふと、窓の外を見たら、ころりんと、キラは芝生に倒れていた。
「ああ、倒れたな。どうする? 」
「離れにでも押し込めておけ。ディアッカ、あれは諦めたほうが得策かもしれないぞ。ちょっと、沈みすぎていて引き上げるのは難しいかもしれん。」
「いや、どうにかなるんじゃないの? とりあえず、離れな。」
窓からひょいと、ディアッカは飛び降りて倒れている召使を搬送してしまった。たぶん、気が抜けたのだろう。自分の姪が無事、帰っただろうという気持ちが、今までの生活の張りのようなものを崩れさせてしまったからだ。
しばらくして、キラが離れで目を覚ますと、また、ちょろちょろと庭へと出て、ディアッカに掴まった。離れに閉じ込められて鍵をかけられてしまったので、仕方がないから、窓ガラスでも拭こうと、窓に手をかけた。よく見たら、窓という窓には南京錠がかけられて、そこから外へ出ることもできない。別にキラとしては逃げるつもりなんてないのに、と思った程度のことだ。
きゅっきゅっと、みつけたタオルで、窓を拭く。それを、外から宵闇色の髪の青年が、不思議そうに眺めていたのには気付かなかった。
作品名:しーど まぐのりあ2 作家名:篠義