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ユーリに聖騎士コスさせる話

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 フレンの提案は至極常識的なものだったはずだが、それを聞いたユーリは途端に顔全体で不快と拒絶を表現してみせた。フレンが両手でさし出すものに目をやりもせず、床に寝そべるラピードの尻尾を爪先でじゃらしはじめる。
「……ユーリ、子どもみたいなことを言わないでくれ」
「おまえこそハンクスじいさんみてぇな説教は勘弁しろって。……ったく、久々に帰って来てみればこれかよ」
「君って奴は……本当に変わらないな。少しは落ちついたらどうだ?」
「オレにおまえみたいになれっての? 冗談」
 朝から昼へ移行しかける陽光が、結界魔導器の紋章を失って久しい青空から降りそそぎ周囲を白く照らしている。穏やかに凪いだこの日、帝都ザーフィアスは実に七年近く空いていた皇座へついに新たな皇帝を戴くのだ。
 御剣の階にて正午からおこなわれる儀式は建国当時からほとんど変わらない伝統あるもので、本来ならば皇帝とその近親者、執政院と騎士団の有力者がほんの数人だけ列席を許されるのだが、今日は新皇帝ヨーデルの強い要請により僅かな例外が認められている。渋い顔を連ねた執政院の者ものへ、ヨーデルはいつもの笑顔で爽やかに告げたのだ。
「我が国の至宝、宙の聖典を授からず皇位へ即く僕は前代未聞の皇帝でしょう。なら即位の儀にも異例のひとつやふたつ、あっても構わないのでは?」
 その例外のひとつが凛々の明星なのだが、フレンは駄々をこねるユーリへ嘆息を抑えられない。
 いくらヨーデルが気さくな人柄だとはいえ、由緒正しい儀礼の席へ着の身着のままの彼らをそのまま通すわけにはいかない。それなりの身繕いをしてもらうのは当然のことで、まさか旅の埃すら満足に落としきっていないユーリを御剣の階へは案内できないのだと懇々と説けば、なら出席などしない、フレンの部屋でラピードと昼寝でもしている、と肩を竦めるのだ。
「エステリーゼさまを落胆させるつもりか?」
 親友の眉が僅かに寄る。
 新皇帝即位の儀は、同時に副帝即位の儀でもある。先だってヨーデルからその証としてブルークリスタルロッドを下賜されたエステリーゼも、今日から正式に副帝という肩書きを負うようになる。
 ユーリが彼女に弱いことを知っているフレンは意識的にそこを刺激した。
「昨日からそれは楽しみにしておられた。君たちに会うのはどれくらいぶりだろうと目を輝かせていたあの方の晴れ舞台に、そうか、昼寝か」
「……言うようになったじゃねえかフレン」
「それだけ君に参席してほしいんだよ」
 そもそも元を辿れば、今ヨーデルが生きているのはユーリのおかげだ。
 皇帝の命を救い、前騎士団長の謀反を阻止し、世界の滅亡さえ食い止めた。
 これだけのことをしておきながら表だってはまったく賞されず、それを当然のこととして相変わらず飄々と生きる友人がフレンにとってはひどくもどかしい。せめて今日、ヨーデルから感謝の言葉をかけられるぐらいはしてもらわないとフレンの気が済まなかった。
 その視線から逃れるように、ユーリはふとフレンの手元へ目をやる。ほとんど押しつけるように手渡した衣装に重々しい嘆息が落ちた。
「これ、堅苦しいんだよ。オレがこういうの一番嫌いだって知ってるだろ」
「知っているよ。だからこうして何度も頼んでいるんじゃないか」
「クゥーン……」
 渋面のユーリの足下から、互いに睨み合い一歩も引かない飼い主ふたりをラピードがうっそりと見上げている。ユーリのかたくなさに呆れているようにも見えるし、フレンの強情を軽く咎めるようでもある。
「……さんざっぱらエステルにねだられたからな、顔くらいは見るつもりだが」
 着替えまでする必要はないだろうと、どんなときもありのままでいることを身上とする親友はまだ粘ろうとする。
 ユーリのブーツに顎を乗せ、もう知らぬと言いたげに再び目を閉じてしまったラピードに肩を竦めてから、フレンは廊下から転がってきたノックを招き入れるために身を翻した。フレンとラピード、更に彼らから言い立てられればさすがにユーリも気が変わるだろう。
 それでも駄目なら力ずくで着替えさせるまでだ。これまでに培ってきた経験は、フレンを以前よりも少々ふてぶてしくさせていた。
「あれっ? ユーリまだ着替えてないの?」
 ドアが開ききるのを待ちきれなかったのか、隙間からするりと小さな体を滑りこませてきたカロルが大きな目を一層丸くする。ヨーデルから下賜された子ども用の礼服を驚くほど隙なく着こなしているのが意外だ。
「そろそろ用意しておかないと。ボクたちも御剣の階で儀式の支度、手伝うんだよ?」
「……まさかあんた、式典用に着飾るのが嫌とかほざいてるんじゃないでしょうね」
 高位のアスピオ魔導士にのみ許される、ミスリルをふんだんに用いたローブのたっぷりとした裾を邪魔そうにさばきながら現れたのはリタで、よく梳かした髪の下、額にはゴーグルではなく白銀のサークレットが輝いている。
 一目でユーリの心情を見抜いた天才少女は、その額が項垂れかけたのを片手で支え半眼になった。
「バカっぽい……時と場所を弁えなさいよね! エステルに恥かかせたらタダじゃ済まさないんだからっ」
「珍しくまともなこと言ったと思えば、エステル絡みだからかよ」
「あったりまえでしょうが! 皇帝なんかよりあの子が何事もなく儀式を終えることのほうが百万倍大事よ、あたしには!」
 大事な宣誓の言葉に詰まってしまったりしないか、ドレスの裾につまづきはしないか、リタたちの姿に気づいたら儀式の最中でも手を振りながら駆け寄って来かねない。
 指折り声高に述べるリタは、エステリーゼがもともと城住まいであることをすっかり失念しているようだ。フレンは思わずユーリと視線を交わして苦笑する。
「あら、仮にも皇帝陛下をなんか呼ばわりなんて凄いのね」
「天才少女にとっちゃあ陛下もそこらのリンゴと同じ扱いなのねえ。さすがっつーかなんつーか」
 最後にのんびりと現れた年長組ふたりのうち、無精髭を綺麗に剃り落とした顎をつまみ何度も頷いている影を目にしたユーリがぎょっと体を強張らせる。
「うお、おっさんどうしたんだよその格好」
「あ、どう? どうよ青年とその親友、おっさんの晴れ姿」
 爪先立ってくるくる回る中年男性の姿ほど怖気をふるうものもそうない。尊敬していた元騎士団隊長主席の振る舞いにフレンはそっと顔を背けたが、ユーリは慣れているものらしく堂々と口角を歪める。
「似合ってはいるんだが、おっさんだから気色悪いな……」
 蓬髪をくしけずり、騎士団のものとは微妙に造形の違う甲冑を身につけたレイヴンは、出自が出自なだけに外見のみを見ればまったく問題もない。彼の普段の言動を知らぬ者が今のレイヴンを見れば、いずこの高名な騎士か傭兵かと目を見張るだろう。
 詐欺だ、とはユーリもフレンも声には出さない。
「何それー、おっさんだからってひどーい青年ー」
「大丈夫。よくお似合いよ、おじさま」
 拗ねるレイヴンへにっこり微笑むジュディスの、白と青を上品に使ったドレスもよく似合っている。普段はまとめている髪を下ろしているだけでもかなり雰囲気が変わって、こうして黙って立っていれば本当にどこかの令嬢のようだった。