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ユーリに聖騎士コスさせる話

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 その玲瓏とした美女がユーリへ小首を傾げて微笑む。
「それで、あなたは何をしているのかしら? エステルの晴れの日に、服が嫌だから着替えたくない?」
 フレンはちらりとユーリを見てからジュディスへ視線を戻した。花も恥じらう微笑を浮かべる彼女の周囲から、徐々に気温が下がってきているような錯覚に陥る。
 絹手袋をつけたたおやかな手が舞うように豊かな胸へ置かれた。揶揄をたっぷりふくんだ笑みはただユーリへのみ向けられる。
「そんなことを言える立場かしら、私たちは? お友達に甘えてワガママを言いたくなる気持ちはわかるけれど、ね」
 うららかに光の射す室内が水を打ったように静まりかえる。カロルはさっと青ざめ固まってしまうし、リタやレイヴンは真っ赤な顔で噴き出すのを懸命にこらえているようだ。フレンはひとり状況についていけず立ち尽くす。
 この程度のからかいに腹を立てるようなユーリではないはずだ。似たような軽口で流して、それからフレンの強情に負けたふうを装って礼服に袖を通してくれるだろうと、それが予想だった。
 ところがユーリのほうはジュディスの挑発に本気で腹を立てたらしい。険しい表情で礼服と装飾品一式の包みを握りしめ、隣室へ向かわんと大股に絨毯を踏みしめる。
「……ったく。着替えてくりゃいいんだろ」
「ええ。急いでね、あなた髪も整えないといけないのだから」
 ぶっきらぼうに吐き出すその背に変わらぬ微笑を送ったジュディスがフレンを振り返った。よもや人前でここまで派手にへそを曲げるユーリを見ることになるとは、と目を白黒させていると、クリティアの美女ははじめてその微笑に苦みを加えて呟く。
「彼、近頃ようやく私たちの前で拗ねてくれるようになったの。それが面白くてついからかってしまうのよね」
 ユーリが大げさな音をたててドアを閉ざした瞬間、リタとレイヴンの笑声が爆発した。
 
 
 
 冬を越えてかなり経つが、それでも御剣の階には寒風が叩きつけるようにうなっていた。ザーフィアス城の謁見の間から頂上までの長い長い坂をゆっくりと登り、代々継承されてきた祝詞をうたいあげ、再び長い時間をかけて謁見の間へ戻り、玉座に腰を下ろす。
 皇帝の証である宙の聖典が失われたので、新皇帝ヨーデルはその瞬間に誕生したことになる。彼が皇帝となってはじめにおこなったのは、群臣と客人に見守られるなかでの副帝の任命だった。
「エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン」
 まだ少年らしさの残る声が壮麗な空間にやわらかく響く。その足下へ静かにエステリーゼがひざまずいた瞬間、フレンの視界の片隅でリタが不安そうにローブの襟元を握りしめるのが見えた。ヨーデルの儀式の間はあくびを噛み殺していたふうだったが、本当にエステリーゼが心配で仕方ないらしい。
 そんなリタをよそに、エステリーゼは粛々とヨーデル新皇帝を祝う口上を述べ、ザーフィアスの更なる発展への祈りを見事な挙措で捧げている。
 それを首肯で受け入れたヨーデルがいよいよブルークリスタルロッドをエステリーゼに下賜すると、謁見の間へ一斉にほっと溜め息が満ちた。形式上のものとはいえ、これでザーフィアスは待ち望んでいた皇帝を正式に迎えることができた。ヨーデルはきっと素晴らしい国主になるだろう。彼に剣を捧げ、国民のために盾を掲げる未来を思うとフレンの胸も熱くなる。
 一度衣装替えのためにヨーデルが退出すると、途端に胸に至宝を抱いた副帝がそわそわしはじめた。左右を振り返っては不安げにしているエステリーゼに、フレンは穏やかな苦笑とともに歩み寄る。エメラルドの瞳がフレンを捕らえて微かに揺れた。
「フレン」
「殿下。ご奉職、心よりお祝い申し上げます」
「ええ、どうもありがとうございます……あの、フレン?」
 ほとんど上の空で、フレンの祝語を本当に聞いているかも怪しい。フレンの横にいるべき人物の姿が儀式の間じゅう見えなかったのだから無理もないが、先ほどまでの凛々しくさえあった姿はもう見る影もない。心細く眉を寄せる少女を、しかしフレンは安堵とともに見返す。
 ヨーデル即位のための段取りを進めている間、エステリーゼは強張った横顔ばかりをフレンに見せていた。
「みんなは、ユーリは……来て、ないんです?」
「いいえ、来ていますよ。柄にもなく恥ずかしがっているようです」
「ユーリが?」
 小鳥の仕草で首を傾げるエステリーゼへ、謁見の間の一隅を指さす。
 礼装のカロルが頬を上気させて大きく手を振り、リタは緊張の糸が解けたのか床にへたり込みレイヴンの手を借りている。ジュディスはフレンとエステリーゼの視線の意味に気づき、唇の端で上品に微笑んで半歩横へずれた。
 まだ不満げに腕を組んで俯くユーリを見て、エステリーゼがいっぱいに見開いた目をきらきらさせる。
 丁寧に櫛を通したに違いない髪をひとつに結い上げ、甲冑こそないが黒を貴重にした礼服は騎士団のそれを模している。糊の利いた衣装にいつもくつろげている襟元が窮屈そうだ。
 彼の仲間たちは、特に最終チェックを入れたジュディスなどは誇らしげに似合っていると賞賛したし、フレンも馬子にも衣装だと思ったものだが、どうしても本人にとっては好ましさの対極にあるのか機嫌は上昇しない。あるいは、騎士服に似ていることこそが彼にとっては何よりも耐えがたいのかもしれなかった。
 カロルとレイヴンに何か囁かれたユーリが鬱々とした目を上げるのと、喜笑を浮かべたエステリーゼが彼らのもとへ駆け出したのはほぼ同時だ。
「ユーリ! その格好、凄く素敵です!」
 ザーフィアス帝国の副帝がそう声を張り上げたものだから、ヨーデルのいない間を持て余して静かに雑談を交わしていた臣下たちの視線も一斉にユーリたちのもとへ集う。
 腰に手をあて力なく嘆息したユーリだが、ようやく吹っ切れたのかエステリーゼとその後に従うフレンへ再び向けたまなざしは穏やかだった。ひらりと片手を上げ実に気安く副帝と騎士団長とを迎える。
「よ、エステル。おめでとさん」
 ユーリの手に自らの手のひらを打ち合わせるエステルが見せた笑顔は、久しぶりに彼女らしい無垢な輝きに満ちたものだった。