僕の可愛い人ですから
それからしばらくして。
シュラは雪男のほうを向かないまま、テストを隣の席に差しだした。
雪男はテストを受け取ると、採点を始める。
静かな職員室に、紙の上をペンが走る音が響いた。
やがて、その音がやんだ。
「シュラさん」
そう呼びかけられたので、シュラはしぶしぶ雪男のほうを向いた。
雪男は採点済みのテストをピシッと持って、シュラに見せつける。
「僕の勝ちです」
満面の笑みで告げた。
シュラは顔を思いっきりしかめる。
「あのなあ! 難問ばっかりだったぞ、このテスト!」
人差し指をテストにつきつける。
そこには正解であることを示すマルもたくさんあったが、間違っていることを示すバツもある。
特にバツは大きく描かれている。
「こんなの塾生向けのテストじゃないだろ!」
「はい、そうです」
「だったら、この勝負は無効だ」
「でも、僕は塾生向けのテストだとは言いませんでしたよ?」
「う」
「それに、シュラさんは僕と同じで医工騎士の称号も取得してましたよね?」
「ううっ」
ついにシュラは言い返せなくなった。
元はと言えば、自分が勝負の内容を確認せずに受けて立ってしまったことにある。
しかし、雪男がそうなるように巧妙に仕組んだのだ。
そのつもりがなければ、こんな遅い時間まで職員室に残って、塾生向けではないテストを作ったりしないだろう。
雪男は対・悪魔薬学の天才と言われている。
そんな雪男が本気で勝つために作ったテストだ。
全問正解なんて、できるわけがない。
「このハラグロメガネが……!」
シュラは悪態をついた。
雪男は平然とメガネのブリッジを押さえている。
「……わかった。今回はアタシの負けだ」
結局、負けを認めるしかない。
もちろん内心、クッソー、と思っているが。
「一食、オゴるよ」
「ああ、それは、いりません」
さらっと雪男に拒否された。
そういえば、シュラが勝ったら雪男が一食おごるということになっていたが、雪男が勝った場合についてはなにも言ってなかった。
単に勝ちたかっただけなのだろうか。
そうシュラが思ったとき。
「その代わり」
雪男が言った。
シュラは眉根を寄せる。
なんだか雲行きがアヤしくなってきた。
一食オゴる代わりに、なにをさせるつもりなのだろうか。
「なんだよ?」
少し低い声で問いかけた。
だが、雪男は黙っている。
言うのをためらっているようだ。
そんなに言いづらいことなのだろうか。
それなら聞きたくない。
と思うものの、むしろ気になる。それが一体なんなのか、ものすごく気になってきた。
「ハッキリ言えよ!」
シュラはせかした。
ようやく、雪男は口を開いた。
「クリスマス」
「ああ、十二月二十五日だな。それが、どうした?」
「空けておいてください」
「はあ?」
なんのことだかピンと来なくて、シュラは小首をかしげた。
すると、雪男はシュラをにらみつけた。
「だから、僕が勝ったから、クリスマスは僕のために時間を空けてくださいって言ってるんです……!」
そう怒鳴ると、雪男は眼をそらし、横を向いた。
その顔は赤い。
……ああ、そーゆーこと。
やっとシュラは状況を理解した。
今まですっかり忘れていたが、以前に告白めいたことを言われたこともあったのだった。
さて、どーすっかな。
シュラは雪男の横顔を眺めながら考えた。
作品名:僕の可愛い人ですから 作家名:hujio