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僕の可愛い人ですから

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十二月二十五日。
もうすぐ正午という時刻だが、あたりは薄暗い。
空は灰色っぽい白だ。
ついに、雪がひらひらと落ちてきた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……、もう数えきれないぐらい、絶え間なく降ってくる。
ホワイトクリスマスだなと、シュラは思った。
雪男はいない。
今ごろ、シュラが指定した店で待っているだろう。
さっき雪男の携帯電話にメールを送信した。
急用が入ったから、予約してある席で先に食べてね〜。
そんな文面だった。
もちろん急用は嘘だ。
最初からシュラには店に行く気がなかった。
いい店で、クリスマスだから、カップルだらけだろう。そんな中、雪男ひとりで食事させるのは申し訳ない気がした。
ひどいことをしている、と思う。
でも、シュラから見れば、雪男はやはり子供だ。
本気にはなれないし、本気にさせたくもない。
この辺で、熱くなっているのを冷ましたほうがいいだろう。
まあ、予約したのは本当にいい店で、その食事代は出すので、それで勘弁してほしい。
身勝手な言い分だけど、な。
そうシュラは思った。
シュラは、今、墓地にいた。
眼のまえにあるのは、藤本獅郎の墓だ。
「……メリークリスマス」
シュラは持ってきた花束をシャンパンを墓に置いた。
自然と、頭に浮かんでくる。
獅郎がいる思い出。
それから、まだ獅郎がいなかったころの思い出。
ただ毎日生きるためだけに生きていたころの記憶。
シュラは眼を閉じた。
胸に痛みを感じていた。
思い出したいことではない。
あれは、闇、だ。
自分の中にある闇。
のぞきこんだら引きずり込まれそうな、深い深い、闇。
その闇から救い出してくれた人は、今、墓の下で眠っている。その手を借りることも、声を聞くこともできない。
助けてほしいとは言えない。
いや、だれにも、助けてくれと言うつもりはない。
「大丈夫。ちゃんと、自分ひとりで抱えて生きていくから」
シュラはつぶやいた。
声を出せば、胸の痛みをほんの少しでもまぎらわせる気がしたのだ。
その直後。
「シュラさん」
雪男の声がした。
作品名:僕の可愛い人ですから 作家名:hujio