ねえ、どうして
「コクトー、…好きなんだ。俺はお前が、好きなんだ」
何度も何度もコクトーを突き上げながらも、一護はまるでうわ言のように呟く。
「…一護、…俺、は」
一護の動きに合わせて、コクトーの白い髪の毛がふわりと揺れる。
「…俺は、」
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好きになってはならない。
愛してなどならない。
いずれ別れる運命ならば、いっそ自らの手で打ち壊したい。
そもそも一護が地獄に来たのは、咎人である朱蓮に妹である遊子を攫われたためだ。
朱蓮を倒せば全てが終わる。そのときこそが一護と、そしてコクトーの別れのとき。一護はそう信じていた。
それなのにどうしてなのか。
それなのに何故、今、一護の目の前に立ちはだかっているのがコクトーなのか。
一護の胸に刺さった、大きな刀。
それを引き抜くと、コクトーは笑った。一護が彼に告白する直前に、心の底から浮かべた笑みと同じそれで。
「うら、ぎった、のか?」
一護の胸に刺さったそれは、コクトーの物。それが分かっているのに、一護の頭はどうしても状況を把握するのを跳ね退ける。
「裏切った? 俺は最初から誰の仲間でもねえぜ」
胸から零れ落ちる血液が、まるで一護の心のようだ。一護を見降ろすコクトーの姿を視界に捉える度に、がらがらと音を立てて心が崩れていく。
「俺はお前の力を借りたかっただけだ。だから今までこうして協力して貰っていたんだ」
コクトーが頭に巻いた黒い布を引きちぎると、そこにはまるで焼けただれたような皮膚が現れた。そちらの目は最早見えてはいまい。現世に生きている時に負った傷なのか、それとも地獄に来てから負った傷なのか、それを一護に知る術は無い。
「お前、虚になれるんだろ? その恐るべき力で俺の鎖を断ち切ってくれ。そうすれば俺は自由になれるんだ」
掠れる一護の視界の中で、コクトーが笑った。
彼は死んだ妹のために、もう一度現世に生まれ変わりたいと言った。
それも何もかも、嘘だったと言うのか?
「嘘なんかじゃねえよ。だからこうしてお前に鎖を断ち切ってくれと頼んでいる。その為に、お前の妹を人質に取ってまでなあっ!」
そう言って笑ったコクトーの顔は、一護の知っている彼の顔では無かった。
激痛が走る体で、何とか一護は立ち上がる。
「遊子をダシに使ったってわけか? …許さねえ」
「お前に許して貰いたいなんか、俺は思っちゃいねえ!俺はただ、お前のその力が欲しいだけだっ!」
強く耳に突き刺さる、コクトーの笑い声。それに一護の表情が強く歪んだ。
「コクトー、…俺はお前を、絶対に許さねえ」
好きだった。
本当に好きだった。
だが共に生きられない運命なら、いっそこの手で打ち壊したい。
(お前を好きだと言ったのは真実だ)
共に生きられない運命なら、せめて愛では無く憎しみでお前の心を染めてしまって、一生忘れられないようにしてやりたい。
(俺はお前とは生きられない)
一生、消えない傷になれば良い。
(だからせめて俺のこと、一生覚えてろよ)
そしてそれを見る度、彼は思い出すのだ。
(…一護)