しーど まぐのりあ3
「寝ていろ」と、主人が言うので、一応、寝ていることにした。けれど落ち着かなくて、風呂の掃除をしていたら、みつかって、本気で足に鎖をつけられた。
「風呂に入るとかトイレに行くとか、そういうのはやってもいい。だが、掃除はするな。ていうか、大人しく寝て、ちゃんと食事をしろよ、キラ。」
「ディアッカ様、夜の準備をしたいので、僕の部屋に戻してください。」
「はあ? 何言ってんの? おまえ。さっき、医者に言われただろ? 過労でへろへろのやつなんか抱いたって楽しくないっていうの。」
診察させなくてもわかっていた診断結果は、過労だ。栄養失調というのも加算されていたので、それに見合うクスリは処方させた。それを届けたら、風呂掃除をしていたのだ、この病人。容赦なく実力行使に出たとしても、誰も文句は言わないだろうと、ディアッカは、足に鎖をつけた。それを寝台の柱に結び、風呂とトイレまでは往復できる長さに調整した。それで、こんなことを言うのだから、脱力してもいいよな、と、がくりと肩を落とした。サイドテーブルには、食事が用意されているが、手をつけた形跡がない。些か、乱暴にキラを寝台に叩き込み、それを指差す。
「主人の命令だ。あれを食え。」
「はい。」
命令されれば、一応、大人しく従う。こうでもしないと食べないのだから始末が悪い。おざなりに口に運ぶ様子からして、監視していないとやめてしまうこともわかっているので、とにかく、見張る。優雅な手つきで、キラは口に運んでいるが、食べる気はないらしい。
「なあ、おまえ、過労なわけよ。わかる? うちの館でさ。過労で倒れた召使がいたら、俺とかイザークは恥なわけよ。そこらへんもわかる? 」
「すいません。でも、別に大丈夫だと・・・」
「つべこべ御託はいいから食え。」
「はい。」
こんなに手かかる亡国のものは、久しぶりだ。以前、さんざんに手を焼かせた奴は、こういうことではなかったから、本当に久しぶりだ。
「おまえ、本当に第三皇子様か? 嫡子じゃないのか? 」
「いえ、僕の上には兄がふたりいて・・・一番上の兄が、皇太子でした。」
なら、なぜ、ここまで国に殉じているのか不思議だ。普通、第三皇子クラスなら、こんなにはならないものだ。
「三番目なんて、普通は養子にでも出されるか、家臣のところへ婿に行くのが普通だろ? キラは、そういうことは決まってたの? 」
「いいえ、僕は兄の補佐をするように、と、兄と同じ教育を受けていました。」
「へっ? 」
「変ですか? 」
「いや、じゃあ二番目のにいちゃんも同じ教育を受けてたわけ? 」
「いえ、二番目の兄は、隣国に許婚がいて、そちらに婿入りすることに決まっていました。」
「はあ? おまえじゃなくて? 」
どうもおかしい。普通、帝王学とか王として学ぶものは、一人である。それを末弟も一緒に教育するというのが、そもそもおかしい。
「ああ、ヤマト家というのは、嫡子が継ぐとは決まっておりませんのよ、ディアッカ。」
知り合いのところへ、その辺りを尋ねに出向いたら、意外な言葉が返ってきた。
「なんで? 普通、生まれた順番じゃないの? 」
「いいえ、だって、現在の、いえ、もういらっしゃいませんけどね、そのお方は、確か、二番目の皇子でしたわ。ヤマト家は、授かった子供のうちで、もっとも優秀だと思われる子供が王位につきます。もしかしたら、その召使さんは、その候補だったかもしれませんね。まだ、王がお若かったから、召使さんは、存じていらっしゃらなかったのかもしれませんけど。」
「だけど、皇太子は嫡子だったって。」
「ええ、とりあえず、一番最初に生まれた皇子が、それを授かります。それは、ある意味、隠れ蓑というものでしてね。王が指名されたものが、子供の内に政治に巻き込まれないように配慮されていたのです。」
「なるほど、ということは・・・あいつ、正真正銘の亡国の人なわけか。」
王としての教育を受けていれば、自国を愛するようにしつけられるものだ。だから、第三皇子なんて低い身分なのに、あそこまで生きることを忘れてしまうのだ。
「ねぇ、ディアッカ。」
「なに? 」
「私も、その召使さんに逢いたいですわ。」
「アスランが独占宣言してるけど、いい? 」
「まあ、手の早いこと。でも、まだ、召使さんは、受けておられませんのでしょう? 」
なら、自分にも権利はあるのではないか、と微笑みつつ、立ち上がる。行く気だ、この魔女。見た目は自分より少し年下ではあるが、実際の生存期間は、自分より遥かに長い。なにせ、あの館の以前の住人である。イザークとディアッカが、ここに流れ着いて、自分は、そろそろ引退すると言い出して、別の静かな郊外の、この館に移り住んだのだ。
「ラクス、あのさ。キラ、ただいま過労で栄養失調なんで、無茶しないでくれる? 」
「もちろんですわ。わたくし、そのお間抜けの召使さんの顔が見たいだけですもの。おほほほ。」
さあさあ、案内してくださいな、と、いそいそと歩き出している。久しぶりの手のかかる亡国のものというのに興味が沸いたらしい。
あれだけ叱れば大人しくしているんだろうと思っていたら、離れの鍵は開いていた。イザークが様子でもみているものと思ったら、中にいたのは町の施政者で、なぜだか大慌てで、バタバタと走り回っている。
「ディアッカっっ、もう一度、医者を呼んで来い。」
「おまえ、仕事は? 」
「手配はして、親父に頼んできた。そんなことはいいから、キラがものすごい熱いんだ。だいたい、なんで、ひとりにしておくんだよっっ。床で倒れてたんだぞっっ。」
手にした濡れタオルを、その病人の額に、そっと置いている仕草は、とてもキラを心配していることがわかるのだが、一応、年上である自分を罵倒している言葉には愛はないなあ、と、ディアッカは苦笑するしかない。猪突猛進な、この施政者は、ある意味一途ではある。
「ラクス、やっぱ、またの機会に。」
「いえ、私も手伝いますわ。ディアッカ、さっさと、お医者様を呼んでくださいな。」
あらあら、まあまあと、勝手に部屋に侵入し、病人の観察を始めるラクスに、「帰れ」と言えるものはいない。「ほんとうに可愛いですわねぇ~」 とか感想を述べているラクスを、アスランは邪険にする。
「そういうことは、キラが元気になってからでもいいでしょう、ラクス。」
「私はお手伝いをしますのよ、アスラン。だいたい、こういう時は、女性のほうがよろしいのではありませんか? ・・・ダコスタ、はちみつ、レモン、お湯割りで願いしますね。」
自分の従者に、何やら怪しげな注文をして、ラクスは楽しそうに寝台の縁に座り込む。この魔女は、他人の世話なんてできるわけがないわけで、ただ単に、観察するのが関の山だ。それで、「女性のほうが・・・云々」などという言葉を吐くこと自体に大いに間違いがある。
「これは、俺が一目惚れしたマイスウィートハニーなんで、邪魔は許しませんよ。」
「でも、当人の承諾はまだではありませんの? 」
「あなたとじゃ、釣り合いがとれないでしょうがっっ。こういう時は、若輩者の俺に譲るのが筋です。」
「こういう時だけ、そういうことをおっしゃるのは、施政者として如何なものですかしらぁ。」
「風呂に入るとかトイレに行くとか、そういうのはやってもいい。だが、掃除はするな。ていうか、大人しく寝て、ちゃんと食事をしろよ、キラ。」
「ディアッカ様、夜の準備をしたいので、僕の部屋に戻してください。」
「はあ? 何言ってんの? おまえ。さっき、医者に言われただろ? 過労でへろへろのやつなんか抱いたって楽しくないっていうの。」
診察させなくてもわかっていた診断結果は、過労だ。栄養失調というのも加算されていたので、それに見合うクスリは処方させた。それを届けたら、風呂掃除をしていたのだ、この病人。容赦なく実力行使に出たとしても、誰も文句は言わないだろうと、ディアッカは、足に鎖をつけた。それを寝台の柱に結び、風呂とトイレまでは往復できる長さに調整した。それで、こんなことを言うのだから、脱力してもいいよな、と、がくりと肩を落とした。サイドテーブルには、食事が用意されているが、手をつけた形跡がない。些か、乱暴にキラを寝台に叩き込み、それを指差す。
「主人の命令だ。あれを食え。」
「はい。」
命令されれば、一応、大人しく従う。こうでもしないと食べないのだから始末が悪い。おざなりに口に運ぶ様子からして、監視していないとやめてしまうこともわかっているので、とにかく、見張る。優雅な手つきで、キラは口に運んでいるが、食べる気はないらしい。
「なあ、おまえ、過労なわけよ。わかる? うちの館でさ。過労で倒れた召使がいたら、俺とかイザークは恥なわけよ。そこらへんもわかる? 」
「すいません。でも、別に大丈夫だと・・・」
「つべこべ御託はいいから食え。」
「はい。」
こんなに手かかる亡国のものは、久しぶりだ。以前、さんざんに手を焼かせた奴は、こういうことではなかったから、本当に久しぶりだ。
「おまえ、本当に第三皇子様か? 嫡子じゃないのか? 」
「いえ、僕の上には兄がふたりいて・・・一番上の兄が、皇太子でした。」
なら、なぜ、ここまで国に殉じているのか不思議だ。普通、第三皇子クラスなら、こんなにはならないものだ。
「三番目なんて、普通は養子にでも出されるか、家臣のところへ婿に行くのが普通だろ? キラは、そういうことは決まってたの? 」
「いいえ、僕は兄の補佐をするように、と、兄と同じ教育を受けていました。」
「へっ? 」
「変ですか? 」
「いや、じゃあ二番目のにいちゃんも同じ教育を受けてたわけ? 」
「いえ、二番目の兄は、隣国に許婚がいて、そちらに婿入りすることに決まっていました。」
「はあ? おまえじゃなくて? 」
どうもおかしい。普通、帝王学とか王として学ぶものは、一人である。それを末弟も一緒に教育するというのが、そもそもおかしい。
「ああ、ヤマト家というのは、嫡子が継ぐとは決まっておりませんのよ、ディアッカ。」
知り合いのところへ、その辺りを尋ねに出向いたら、意外な言葉が返ってきた。
「なんで? 普通、生まれた順番じゃないの? 」
「いいえ、だって、現在の、いえ、もういらっしゃいませんけどね、そのお方は、確か、二番目の皇子でしたわ。ヤマト家は、授かった子供のうちで、もっとも優秀だと思われる子供が王位につきます。もしかしたら、その召使さんは、その候補だったかもしれませんね。まだ、王がお若かったから、召使さんは、存じていらっしゃらなかったのかもしれませんけど。」
「だけど、皇太子は嫡子だったって。」
「ええ、とりあえず、一番最初に生まれた皇子が、それを授かります。それは、ある意味、隠れ蓑というものでしてね。王が指名されたものが、子供の内に政治に巻き込まれないように配慮されていたのです。」
「なるほど、ということは・・・あいつ、正真正銘の亡国の人なわけか。」
王としての教育を受けていれば、自国を愛するようにしつけられるものだ。だから、第三皇子なんて低い身分なのに、あそこまで生きることを忘れてしまうのだ。
「ねぇ、ディアッカ。」
「なに? 」
「私も、その召使さんに逢いたいですわ。」
「アスランが独占宣言してるけど、いい? 」
「まあ、手の早いこと。でも、まだ、召使さんは、受けておられませんのでしょう? 」
なら、自分にも権利はあるのではないか、と微笑みつつ、立ち上がる。行く気だ、この魔女。見た目は自分より少し年下ではあるが、実際の生存期間は、自分より遥かに長い。なにせ、あの館の以前の住人である。イザークとディアッカが、ここに流れ着いて、自分は、そろそろ引退すると言い出して、別の静かな郊外の、この館に移り住んだのだ。
「ラクス、あのさ。キラ、ただいま過労で栄養失調なんで、無茶しないでくれる? 」
「もちろんですわ。わたくし、そのお間抜けの召使さんの顔が見たいだけですもの。おほほほ。」
さあさあ、案内してくださいな、と、いそいそと歩き出している。久しぶりの手のかかる亡国のものというのに興味が沸いたらしい。
あれだけ叱れば大人しくしているんだろうと思っていたら、離れの鍵は開いていた。イザークが様子でもみているものと思ったら、中にいたのは町の施政者で、なぜだか大慌てで、バタバタと走り回っている。
「ディアッカっっ、もう一度、医者を呼んで来い。」
「おまえ、仕事は? 」
「手配はして、親父に頼んできた。そんなことはいいから、キラがものすごい熱いんだ。だいたい、なんで、ひとりにしておくんだよっっ。床で倒れてたんだぞっっ。」
手にした濡れタオルを、その病人の額に、そっと置いている仕草は、とてもキラを心配していることがわかるのだが、一応、年上である自分を罵倒している言葉には愛はないなあ、と、ディアッカは苦笑するしかない。猪突猛進な、この施政者は、ある意味一途ではある。
「ラクス、やっぱ、またの機会に。」
「いえ、私も手伝いますわ。ディアッカ、さっさと、お医者様を呼んでくださいな。」
あらあら、まあまあと、勝手に部屋に侵入し、病人の観察を始めるラクスに、「帰れ」と言えるものはいない。「ほんとうに可愛いですわねぇ~」 とか感想を述べているラクスを、アスランは邪険にする。
「そういうことは、キラが元気になってからでもいいでしょう、ラクス。」
「私はお手伝いをしますのよ、アスラン。だいたい、こういう時は、女性のほうがよろしいのではありませんか? ・・・ダコスタ、はちみつ、レモン、お湯割りで願いしますね。」
自分の従者に、何やら怪しげな注文をして、ラクスは楽しそうに寝台の縁に座り込む。この魔女は、他人の世話なんてできるわけがないわけで、ただ単に、観察するのが関の山だ。それで、「女性のほうが・・・云々」などという言葉を吐くこと自体に大いに間違いがある。
「これは、俺が一目惚れしたマイスウィートハニーなんで、邪魔は許しませんよ。」
「でも、当人の承諾はまだではありませんの? 」
「あなたとじゃ、釣り合いがとれないでしょうがっっ。こういう時は、若輩者の俺に譲るのが筋です。」
「こういう時だけ、そういうことをおっしゃるのは、施政者として如何なものですかしらぁ。」
作品名:しーど まぐのりあ3 作家名:篠義