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孤独の中に神はいるか

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ダッダーン!!!!!

と、耳を劈く不協和音が響くまでそこは平和だった。
我の強い者の欲と力が入り乱れた生まれ故郷を離れ、地球を永住の地と決めたのは全く以て正しい決断であったとヴィルヘルムは思っている。時折、この地にあってはならない力を恐れた者が敵だの密偵だのといった無粋な輩を寄越して来るが、それでも比較的平和だ。――いや、比較的平和だったのだ。たった今、鼓膜を突き破る音がするまでは。そして恐らく、その音を生み落とした愚か者と袖振り合ったあの日までは。
ち、と舌を打っても生憎聞こえる範囲に相手はいない。だが平穏を揺るがす騒音は未だ止まず、階下の書斎にまで聞こえ来る。ヴィルは足早に部屋を出ると二つ上の階にいるだろう部下を訪ねに赴いた。無能な部下だ。いや、能はあるが智のない部下だ。だから厄介だ。

「……ジャック!」

勢い良く扉を開ければ、先の倍以上の音量でドレミファソラシドが耳の奥を突き刺した。
黒鍵白鍵、十指が届く限りの鍵を全て押して振り返ったジャックは悪びれもなく笑う。

「あ、ヴィル」

グランドピアノの前に座した白い頭は鳥頭、何がそんなに嬉しいのかだらしなく緩んでいる表情は子どものそれ、しかし未来の遺伝子技術とやらの下に生み出された強靭な肉体は大人の体躯で、職業は暗殺者という矛盾とミスマッチの詰め合わせのような人造人間がただただ素直に頬を綻ばす。「なあなあ、聞こえてた?」……そんな光景はある種、平和なのかも知れないが。「聞こえていない筈がない」……惰眠を貪っていた身としては、最悪の目覚めとしか言いようがなかった。さあ、仕置きだ。どうしてくれよう。
「おっもしれーのな、これ。一個叩いたら一つだけ音が出んの」
しかしながら。どれだけ不毛な雑用を押し付けてやろうかだの、それともとびきり手の掛かる食事を作らせようかだのといった思惑は彼の無邪気極まりない一言で吹き飛んだ。
「……ジャック、」
「こんだけでっかいとでっけー音がするんだな。叩いててすっげー気持ち良い」
「まさかとは思うが、…お前はピアノを知らないのか?」
「ピアノ?」
返事は『はい』か『いいえ』で簡潔に。出会ってすぐにそう教えた筈なのだが、ジャックは未だこの教えを守ったことがない。これに関してはヴィルももう諦めている。こちらの問いに対し、返事が肯定か否定であるならそれで良い。そして、ジャックの今の問い返しは否定と同義だった。
「これはピアノという楽器だ。この白鍵と黒鍵から出る音を組み合わせて、曲を奏でる」
「あー…これがピアノだったのか。聞いたことはあるけど、見るのは初めてだ」
「本当に何も知らんのだな、貴様は。……そこをどけ」
犬を払うのと同じ仕草で手を振れば、ジャックは大人しく席を明け渡す。背中に注がれる視線からひしひしと伝わる興味と期待は嫌じゃない。口角を微かに上げて、ヴィルヘルムは鍵盤に向き合った。とは言え、手慰みで覚えた程度だからレパートリーはそう多くない。
修得した曲の中から適当に有名なものを選び出して弾く。最初はモーツアルトから、手慣らしにメヌエット。バッハのミサ曲。ベートーベンのソナタを続けたところで上がった。
「あ、それ! 俺、知ってる! バームクーヘンの」
「ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーベンのことか」
「ああ、それそれ。そんでもって曲名が『悲愴』」
「それは合っている」
良くもまあ、このトンチンカンな発言の意味するところを察せたものだと自画自賛しつつ背後を振り返る。ジャックは言い当てたことを喜んでいるのか、聞き覚えのある曲を懐かしんでいるのか、いつもの笑顔か分からないが笑っていた。緋色の眼が瞬く。「ピアノは知らない癖にベートーベンは知っているのか」とその眼に問えば、ぱちぱちとまた睫毛が煙り、「知ってる。組織にいた頃、やるせない時に良く聴いてた」と言ってゴーグルを外した。
黒く重厚なフォルムのゴーグルはヴィルが与えたものではなかった。ジャックが以前いた『組織』から支給されたものだ。ろくなものではないだろう。即座にそう感じた。何せ、その組織ときたら科学技術の発展及び保護の為ならば、科学に敵対し得る力――魔術を行使するヴィルを邪魔者と見なして暗殺者を送り込む、非常識にも程がある組織なのだから。信用出来るわけながい、のだがあろうことかジャックはそれをこの頭に被せてきた。

予想外の行動に目を剥く。「ジャック」と短く咎めた、声を割り入って、

「…………!」
「ほら、同じだろ?」

聴こえてきたのはハ長調の第一楽章。物悲しい旋律が澄み切って耳に届く。

「音響片(チューンチップ)。俺のいた時代は、これをチューナーに入れて音楽を聴くんだ」

パッと目の前に広げられた手の平には、四方一センチ程の正方形が幾つか、並んでいた。ベルトに仕込んでいたらしい。今、聴こえているのはこれと同じものが一枚、被ったゴーグルの何処かに装填されて音を流しているのだ。ほう、と小さく息が漏れる。決して感嘆ではない。仕組みが分かって納得したというだけで、ヴィルにとっては興醒めだった。
「音は良いが、つまらんな」
「そう言うなよ。未来(あっち)じゃ音楽ってのは貴重な前時代の遺物なんだからよ。
ピアノもない、他の楽器だってない。あるのはそれの音のデータだけで、切り貼りして出来た曲や歌があっちゃこっちゃで流されてるけど皆が聴くのは、楽器が本当に存在してた時代の埃被ってそうなふっるい曲。……の、データさ」
生の楽器には電子では再現し難い温もりや、奥行や、音の割れ加減がある。それら全てが取り払われた音をひどくつまらなく感じたのは古くから現代(いま)を生きる、ヴィルヘルムだ。けれども彼は違う。手の上のチップ、ハイテクノロジーの結晶を握り締めて言うのは未来から現代へ迷い込んだ、ジャック。遠い明日を思い出す行為も矛盾ではない。
「確かにこっちは良いとこだよ。飯に味あるし、スケジュール管理は自分で出来るし。……だけど、だからこそあっちでは音楽に縋ってた気がする」
効率化されていないものは、加えて組織の駒に許されたものはこれ位しかなかったから。

「アンタにとっては出来の悪い音かも知れなくても、俺、結構助けられたんだからな。
ほら、たーとーえーばー……俺、任務向かう時これ聴いてた。すっげテンション上がる」
――ヘルマンのクシコスポスト。お前は運動会の子供かと言いたくなるのを呑み込んで。

「それと、眠い時にはこれかな。まあ、眠い時は何だって眠れんだけど」
――グリーグの朝。題名に反して眠りに落ちる為に聴くのはどうかと思いもするが。

「あと、これも良く聴いた。殺しやった後、良く聴……」
――リストの曲だ。名もすぐに分かった。だが思考は一端別のものへと切り換わる。

台詞の途中で黙り込んだジャックも、腕を組んだヴィルも同じことをしていた。
即ち、窓の外に現れた何者かの気配を悟ること。神経を研ぎ澄ませて招かれざる来客が何人か、武器は何か、殺気の有無とレベルの高低を瞬時に判断する。