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孤独の中に神はいるか

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「呼ばれたみたいだな」と踵を返したジャックは敢えて追わない。人数は二人だ。加勢するまでもないし、来客の対応はジャックに課せられた任務でもある。「……ああ」と静かに送り出すのも上司の役割だ。信頼しているから、任せるぞと言外に伝えるのだ。殺気はあるが、レベルの低い相手だということも察せられたなら尚更。「手短にな」「あいよ」それだけで充分だ。タッ、と床を蹴る音がした次の瞬間には、刃音が耳元の曲と混じった。狂ったリズムを刻む。

「……感傷的なことだ」

外で繰り広げられているだろう命の奪い合いに、目を向けることなく。

そっと瞼を伏せてヴィルは聴き入った。フランツ・リストの『詩的で宗教的な調べ』の中の一編。『葬送』と名の付いた、それを。今、刺客として送り込まれた同胞を切り刻んでいるだろう男は良く聴いたと言う。はあ、と零れた溜息が足音に似た鍵の音に重なった。
馬鹿げた話だ。暗殺者ともあろう者が、奪った命を思いこんな曲を聴くなどということは、あってはならない。そんな弔いの儀式をやっているようでは、いずれ罪の意識に押し潰されてしまうに違いない。が、あの愚者はどういうわけか今日まで暗殺者として存在し続けている。――組織の思惑の下、暗殺者として生み出され。失策の後拾われた自分の下、元いた場所からやって来る同業者を屠る。それでいて笑っていられるのだから相当神経が図太いのだろうとそこまで考えて、頭を振った。……そうではなくて。例え、そうだとしても。
あの部下には折り重なる和音に同調するだけの、人を悼む心がある。餞に曲を聴き、己の思いに反した行為を悔いて祈るだけの心がある。今、ようやく分かったわけではないがはっきりと認識した、その事実を知りながら人を殺めさせている自分に唇を噛む。
キン、と乾いた音がする。殺しの道具として生まれた彼はその他に生きる術を知らない。
組織から離れた身であるジャックが殺しを辞めるのは簡単なことだが、その後どのようにして生き延びるかと訊かれたなら返答に窮すだろう。最早、ライフワークなのだ。
刃を振るうこと。返り血を浴びること。それが自然に行える彼のものでない悲鳴が高いところから落ちてゆく。一人片付いたらしい。少し視線を窓の方に向けるが、ジャックの姿は見えなかった。屋根の上で交戦しているのだろうか。乱入するのは簡単であるし、このレベルの敵ならヴィル自身が出向いて消し去ることも可能だ。だが、時として彼のいた組織はヴィルの知識にない兵器や駒を送り込んでくることがある。対処は出来るが容易ではない。それを思うと成り行きとはいえ、手元に置いた有能な部下を捨てることも出来なかった。
能がある代わりに智がなかろうが、礼儀がない代わりに心があろうが。そもそも、策や命令とは別のところで彼を手放す気が起こらない。それ故縛り付ける理由を与えなければならない。……であるからして、幾ら歯痒く思ってもこの思いは偽善にしかならない。

もう殺すな。

そう言ってやれば、救われるのだ。あの人間染みた人造人間は。

もう苛むな。

そう言ってやれる立場にあるのだ。ここで安穏と事の経過を見守っている自分は。

それでも言えない理由が山とある現実を思い知らせる調べに、ヴィルヘルムは無言でゴーグルを脱いだ。



「一丁上がり、っと。ヴィル、戻ったぜ。庭に落ちただろうから明日そう……」

掃除、と言い掛けて途切れた言葉に、ジャックが口を噤んだのを察して音を強める、メゾフォルテ。木々の間から降り注ぐ陽射しのような明るく、穏やかなモデラートのメロディー。
神々しいだなんて言うと薄っぺらだが、中々どうして粋で皮肉なタイトルを付けたものだと、弾きながら思う。ポロンポロンとピアノ、メゾピアノに音量を落としたところで遠慮がちに「……ヴィル、」と呼ぶ声があった。答えない。ゆっくりと歩み寄って来る気配があって「これ、何?」と問うたのは恐らく曲名のことなのだろうが、答えない。後でちゃんと聞かせてやるつもりだ。だから無視を決め込む。
先程の感傷から打って変わって軽やかに進むこの曲も、同じ組曲の一つだと教えたらどんな顔をするだろう、と考えたが即座に愚問だと思い至った。またいつものように笑うだけだ。きっと、悔恨だの悲哀だのといった感情は押し殺して目を細める。彼が彼である限り付き纏う業を堪えて。

「……なあ、」

全く以て救い様のない世界には、神はいないか愛想を尽かしている。そんなことは百も承知でこの曲を弾くのは、それでも救いを祈るからだ。いずれは自分が救いたいと願うからだ。
せめて、奏でる安らぎに束の間の休息を。側に在る温度に恒久の慰めを。
言葉にはとてもじゃないが出来ない思いを指に宿して、旋律を紡ぐ。自分は神にはなれないかも知れないが、目の前にいるたった一人を幸福にする力位は持ち得ていると信じたかった。

「ヴィル。……俺、この曲好きだ」



罪深くも愛しき隣人に、優しい光を。
未来の祝福を与えられる自分であれ。



Franz Liszt
S.173 詩的で宗教的な調べ
第3番 孤独の中の神の祝福