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駆け出す虹色

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 多分どこまでいっても、三橋と自分の間には野球が横たわっている。それはもちろん不快なことではない。同じ学校、同じ学年だから、他に知り合う機会がなかったわけでもないだろうが、もし同じクラスになったとしても、多分、自分は三橋のことを好きにはならなかったのではないかと思う。それに後ろめたさは感じなかった。ただ、やはり運がよかったとは思う。
 このばあい、ラッキーだったのは三橋なのか、それとも俺なのだろうか。
「三橋」
「うん?」
「なんでお前、野球なの?」
 阿部は自問のような言葉を三橋に投げかけた。
 勝利の歓喜と引き換えにしても、得た痛みは互いに大きかった。けれど、自分たちは野球から離れるという選択をしなかった。理由は、阿部自身答えを持ち合わせていない。そんな疑問に、三橋が答えられるとも思わなかった。むしろ三橋は、質問の意味がわからないかもしれないな、と阿部は思った。なんとなくだ。多分、考えすぎなのは自分だ。何かと振り返り、現象を解析する。それはキャッチャーの持つ性なのかもしれない。
 案の定、三橋はビデオテープを手にしたまま、キョトンとした顔で固まった。
 質問の意味を問われる前に、三橋の持つテープを指差す。
「それ」
「え」
「それ、見たい」
 阿部の顔とビデオテープを順番に見て、それから三橋はうん、と了解の返事をした。デッキから前のビデオテープを取り出し、新しいものを入れる。
 テープは完全に巻き戻されていなかったようだ。再生が始まるなり、画面には唐突に美しいアンダースローが映し出された。
 三橋の視線がそのまま釘付けになる。
 恐ろしく低いリリースポイントから投げられたボールは、まるで土の中から現れるかようだ。ぐんと伸びて素晴らしい落差で落ちる。シンカーだ。
 三橋ははっと顔を上げると辺りを見回した。部屋の隅に転がっていたボールを見つけると、慌てて立ち上がりそれを取り上げ、また同じようにテレビのまん前にぺたりと座り込んだ。テープをまき戻すと、同じシーンを再現する。じっと画面を見たまま、シンカーの握りを作る。
 完璧な一球を見せた後、映像は違う投手へと変わった。ビデオはまるで球種のカタログのように次々と選手を映し出した。彼らが一番輝いていた時代の映像と共に。
 紹介されるそれぞれの投手はコーチや解説者、あるいは監督として今でも活躍している。それらの選手が現役時代、いかに素晴らしかったかを昔話で何度も聞かされ、辟易としたこともある。が、実際、投げているところを見ると、それは嘘でないことがわかった。彼らの一投一投は、言葉どおり輝いていた。
 三橋はそれを食い入るように見ながら、ボールの握りを変えていった。フォーク、スライダー、シュート、ナックル、パーム、そして、カーブ。
「オレ、ね」
 呆然と画面を見詰めたまま、夢を見るような声で三橋が言った。
「野球に出会えてよかった、って、思う」
 本当によかったと思う、と三橋はもう一度つぶやいた。 
 こみ上げてくる感情に、阿部は言葉を詰まらせた。
 恥ずかしいことを言うなと茶化してしまいたかった。けれどそれは出来なかった。少なくとも、阿部は否定することが出来なかった。三橋の言葉は、阿部にとって真実だからだ。痛みも、苦しみもあった。やりはじめなければ良かったと思ったことがないとは言わない。けれど、確かに自分は野球が好きだった。出会えてよかったと思っていた。
 三橋が唐突に振り返った。
「阿部君に会えて、よかった」
 画面を見るのと同じ色の目で阿部を見つめ、三橋は言った。
 視界がにじむ。
 だからピッチャーは嫌いなんだ、と阿部は思った。こいつらはいつだって俺の心を揺らす。つたない言葉で俺の真中に触れてくる。
 触れられた場所からは色が滲むようだ。それは理科の実験で見たプリズムの光、七色に輝く虹の印象に似ていた。喜怒哀楽のすべてがそこにあり、美しく輝くのだ。他のポジションではありえない。ピッチャーが。特別だと認めてしまったピッチャーだけがその光を俺に見せる。
 阿部は目を閉じると、感情を押さえるために大きく息をついた。映像に目が疲れた風を装って目頭を押さえ、こぼれそうな涙を拭う。それから、目を開けて三橋を見ると、いつもの冷静な口調で、
「バカ」
と答えた。
「うひゃ」
 阿部の返事を聞いて自分の言葉の恥ずかしさを自覚したのだろう、三橋は妙な声をあげて真っ赤になった。視線を逸らし、いや、あの、と消え入りそうな声でつぶやく。
 投げた直球が、いまさら元に戻るか、バカが。
 消え入りそうな三橋を見ていたらどんどん冷静さが戻ってきた。阿部は大きく溜息をつくと、ソファから立ち上がり三橋の側へ移動した。
 三橋は顔を上げられない。半べそをかいてうつむいたままだ。
 阿部は腰をかがめると、未だ三橋の片手に握られていたボールを取りあげた。
「座るよ」
 目を丸くして、三橋が阿部を見上げた。
「投げたいんだろ?」
 丸い目がさらに大きく見開かれる。三橋はそのまま、かちんとフリーズした。
 ああ、もう。
「どーすんだよ!」
「な、なげる!」
 ひとつ怒鳴ると、三橋はぴょんと飛び上がり、阿部を置いて部屋を駆け出した。
 これだからピッチャーは。
「ちょっとだけだからな!」
 それでなくてもお前は投げすぎなんだから。言うと阿部は、三橋を追って駆け出した。
 胸のうちに光があった。それはやはり、虹色をしていた。
作品名:駆け出す虹色 作家名:ミシマ