二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

兎の餅つき

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
それは酷く、満月の綺麗な夜だった。
周りは静まりかえって、黒い空にはくっきりと浮かび上がる金色の月。月を見上げながら、先生と他愛もない話をして笑う。それだけで、夏目は満足だった。自分に妖怪が見える事をすっかり忘れていた。
静寂を破ったのは、男にも女にも似つかぬ声だった。
「おぉ、人の子よ」
ビクリと体が反応したのが解った。思わず足を止める。声がしたのは背後。しかし、妖しい空気は全く感じなかった。隣の先生は、微動だにしない。
「人の子、待ってくれ。人の子よ」
ちらりと見やった後ろで、影が動くのが解った。先生が低く呟く。
「侮るな、夏目。妖怪だぞ」
そんな事解ってるよ、と内心返事をした。
「人の子、待ってくれ。共に酒を飲まぬか、人の子」
段々距離が詰まってくる。それに焦りながらも、言葉の中に疑問を覚えた。
(酒を、だって?)
思わず振り返った其処に居たのは、少し自分よりも背が小さい男の子。一見、そう見えたのだが目線を上に上げると、目に付いたのは兎の耳。男の子の頭に、何の違和感なく兎の長い耳が生えていた。
「…兎?」
思わず呟く。それが聞こえてか、男の子は顔を明るくさせて小さく飛び跳ねた。
「そうだ、我は兎だ。解ってくれたか、人の子よ」
その容姿に似つかわしい口調。そして屈託のない笑顔。人間に似ているが、人間では無い。
妖怪だ。
「さっきお前は、酒が飲みたいと云ったか」
「あぁ、云った。云ったとも」
重大だと強調するように大仰に頷いてみせる。
「何だ、名を返して貰いに来たんじゃないのか」
安堵の溜息を漏らす夏目を見てから、先生が言葉を続けた。
「夏目はまだ未成年だ、酒は飲めん」
「やや、人間にはそんな規則があるのか。面倒だなぁ」
男の子は溜息をつく。
ふと男の子が手に持っていた小さな包みが目に入った。笹の葉で大切に包まれたそれの中身が気になった。
「なぁ、その包みはなんだ?」
手元を指さしてやると男の子は包みを自分の目先に持ち上げた。
「これはなぁ、我が作ったとっておきの"餅"だ」
「餅?」
驚いたように夏目が少し目を見開くと男の子は嬉しそうに餅について話始める。
「我は月に住む兎だ。満月の日には餅を突いてなぁ、食うのよ。此方には人間を喰らう妖怪が居ると聞くが奴等の気持ちは我は解らぬよ、人間よりも餅の方が余程美味だ」
此方、とは夏目達が住むこの世の事だ。男の子は息をつく間もなく続ける。
「昔から我は餅を突いて作っては食っていてな。そりゃあ美味だと妖怪達は絶賛したものよ」
過去の歴史を誇るように胸を張った。それを見て夏目は小さく吹き出す。
「なるほどな。で、それが酒を飲むに繋がるんだ?」
夏目の言葉を聞いて男の子は我に返った表情をする。
「それでだな、更に旨くするにはどうしたら、と我は此方に降りたのよ。そうしたらなんだ、年寄り二人が餅を突いていた」
懐かしむように目を細める。
「我以外にも此方には餅を突く人間が居るのだなと嬉しくなった。しかし、我の事は人間には見えぬ。我は見えるように、我が使える力の限りを使ったのよ。年寄り二人はそりゃあ優しく我を向かい入れてな、嬉しかった」
「それで、どうした?」
先生も先が気になるのか話を急かす。まぁそう急かすな、と男の子は呟く。
「二人と共に餅を突いた。一人でやるより楽しくてなぁ。沢山突いて、共に月を見ながら酒を飲んで餅を食して。あんなにも楽しかったのは我の人生の中で初めてだった」
だから再び、人間と食べてみたかった。云わずとそれは先生にも夏目にも伝わった。
次の瞬間、明るかった男の子の顔に影が差す。
「もう人間に見えなくなった我は、二人との思い出を持って月に帰った。あの時食べた餅よりも、もっと旨い餅を作ってやろうと思ったのだ」
沈黙が落ちる。それを埋めるように風が弱く吹き、木々の葉を揺らす。
「しかし作る事は出来なかった。何故だか解らなかった。材料だって同じの筈なのに、何故か我にはそれを、あの時以上に旨いと感じなかった」
まるで泣き出しそうな声音。目に涙を溜め始めた男の子を前に夏目は「ぎょっ」という擬音が似合うほどに驚いた顔をした。
「泣いたら五月蠅いだろうが、食ってやるぞ」
追い打ちをかけるように先生がいつになく低い声でぼそりと呟く。口調の割に気が小さいのか肩を震わせ、手が白くなる程握りしめて必死に涙が零れ落ちるのに耐えていた。
「先生は静かにしていてくれ、なぁ兎」
唐突に名前を呼ばれ心臓が飛び跳ねたように夏目を見た。純粋な微かに赤みを帯びた瞳には今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
そんなに怖かったか、と同情の念を抱きつつも幼子をあやすような優しい声音で、夏目は微笑んだ。
「きっとその餅が旨かったのは、二人と一緒に作ったからじゃないかな。楽しかったんだろ?だったら、旨いのが出来て当然だ」
男の子は毒気が抜かれたような顔で呆けている。
「だから、一人で作った時よりも二人、三人で作った時の方が。一緒に食べた方が旨い、って事だよ」
「そんな事も解らんか馬鹿兎」
余分に付け加えられた言葉によって男の子は意識を取り戻したようにはっとして、先生を睨みつける。
「五月蝿い狸」
「狸ではない猫だ!」
先程までの泣き顔は何処へやら、男の子は毒を吐く余裕すらある。心配する事もないらしい。夏目は安堵感から肩を上げてから大きく息を吐いた。
「全く、人の子には驚かされる。我が幾年と考えていた難問を、これほどまでに早々に片づけてしまうとは」
関心したように顔を大袈裟に振って頷く。気がつけば、幾何か距離が離れていた。
「教えてくれた礼だ」
男の子が手に持っていた小さな包みを放り投げる。突然の行動に慌てながらもなんとか受け止め、手を開くと其処にあったのはちんまりとしたあの笹の葉の包み。
「また満月の日に来る」
くるりと踵を帰して去ろうとする後ろ姿が夏目の目には酷く寂しげに見えた。何故か、引き留めなければと思い、気がつけば呼び止めていた。
「おい!」
それを見透かしていたかのように男の子は声と同時に足を止める。何を云おうと引き留めたか思い浮かばず、視線を彷徨わせる。直後視界に入ったのは小さなあの包み。
「一緒に…餅を食べないか」



どうやら男の子も引き留めて貰えるのを望んでいたらしく、案外すんなりと晩酌となった。月に帰らねば、という意志はそれほどまで強固な物では無かったらしい。
包みに入っていたのは三つの陶器のように白い餅。一人一つに分け、何故か先生が持っていた酒を出しお月見となった。
「…旨いな」
男の子が自らが持つ餅を視線で焼けてしまうのではないかと思う程に凝視しながら呟く。
「だろ?」
「やはり…隣に誰か居るのと居ないのでは全く違うのだな」
月に視線を移す。空に浮かぶ月は餅のように丸く、輝いていた。それを見る男の子の横顔がやけに嬉しそうで、夏目もつられて頬を緩ませた。
「ニヤけるな、夏目」
「ニヤけてない」
自分の分はとっくに食い終わったのか夏目の餅にまで手を出そうと飛び跳ねる先生から餅を死守しながら、男の子に聞いた。
「最初に人の子、と云ってたがあれは僕でなくても良かったのか?」
「うむ、そうだな。此処は人通りが少ないからな」
作品名:兎の餅つき 作家名:男子生徒A