しーど まぐのりあ5
キラは、カガリの持ち物には手を出さなかった。自分の母親である王妃から、カガリが受け取った王家に伝わる髪飾りから、カガリ自身の気に入りの指輪まで全てを、小さなカバンに詰め込んで持たせた。・・・・カガリは、手に何もしてなかった・・・あのカバン・・・どうしたんだろう。
そう考えていたら、目が覚めた。慌てて起き上がろうとして、左右から押さえられた。
「駄目です、キラ。」
「絶対安静だ、寝てるんだ、マイスウィートハニー。」
「カガリはっっ? 」
「心配なさらなくても、あの子は、保護しておりますよ。キラ、それよりも、少し話を聞いてください。あなたが、ここに辿り着いた意味を私が説明します。」
起き上がろうとしたキラを止めて、ラクスが意味深な言葉を吐き出した。今まで、誰も、亡国の流浪者について、キラには説明していなかった。
「僕は、ただカガリが。」
「ええ、あなたの姪が風邪をこじらせてしまったことが発端でした。でも、それすらも、ここに、あなたが留まるために起こったことだったとしたら、どうしますか? 」
辿り着くものは、皆、別々の理由で、ここを通過しようとする。そして、ここに留まることになる。それまで流れていた空気が、ここで止まり、そして当人も、ここに停滞する。この街に入り住める人間は、基本的に亡国のものであり、身分とか血脈の程度ではなく、いかに自国を愛していたかで滞在時間も決まる。そして、その国が世界中の誰からも忘れ去られた時、その国の最後のひとりの時間が動き始め、やがて最後の一人が生き絶えて、その国は完全に滅ぶことになっていた。ラクスが、ここに来る以前から、そうやって誰かが暮らしている街だった。そこにラクスも辿り着き、現在に至っている。今、キラが辿り着いたのも、最後のひとりとなるように、その国が決めたのだろう。
「ここでは子供は育ちません。ですから、子供ができた場合は、この街から出ることになります。あなたの姪が、なかなか体調が戻らなかったのも、その所為ですわ。成長するものは、ここの停滞する空気とはそぐわない。」
「それを無理に育てたりすると、この年齢になるまで倍かかったりするんだ。」
ラクスの説明の合間に、アスランが自分を指差して笑う。キラと見た目には変わらないアスランだが、年齢的には倍近く違うからだ。
「じゃあ、この街の人は、みんな? 」
例えば、目の前に居るピンクの髪の少女とか、この館の主人である銀髪と金髪のふたりとか、自分のことを「マイスウィートハート」と呼ぶ宵闇色の髪の人は、見かけの年齢ではないということだ。
「あまりお話したくありませんが、わたくし、こう見えても二百年近く、この姿です。アスランは、まだ若くて、三十年くらいかしら? 」
「えっ? 」
「だから、きみぐらいが俺にはちょうどいいんだよ、キラ。どう? 俺の伴侶にならない? 」
「アスラン、それはじっくりとやってくださいな。今は、真剣なお話です。」
本気ですよ、とアスランは抗議しつつ、キラの身体を少し起こしてくれる。背中に、たくさんのクッションを配置して、それから手に飲み物を持たせてくれた。
「ですから、あなたの姪は早急に、ここから出さなければなりません。」
「でも、もう僕には・・・」
「それはイザークたちが考えてくれるでしょう。だいたい、あなたのようにきれいで働き者を買い取るには、あの借金額は、かなり安価です。もし、あなたさえよければ、私が倍額で、キラを買い取りますわ。」
「ラクス、それは却下です。」
おおよその話は理解できた。つまり、自分は、ここに吸い寄せられた、ということなのだろう。自分の生まれた国を看取る最後の一人となるべくして。それは理解できたが、さて、このヒトたちのことだ。
「あの、それで、あなた方は、どちら様なんですか? 僕の値踏みか、何かで親切に世話してくださってるんですか? 」
「はあ? 」
「えっ? 」
「・・・違います? 」
ちょっと待て、とばかりにアスランは、キラの手にしている飲み物を取り上げて、口に含むと、キラに飲み込ませるためにキスをする。食欲のないキラは、ラクスたちが看病するようになって、こうやって餌付けされていて抵抗はない。ごくりと喉を通ると、アスランは唇を離す。
「キラ、こんなことは、普通やらないと思うんだけど? これを、おまえは査定のための味見とか思ってたわけ? 」
「違うんですか? 」
「俺、最初にプロポーズしたはずだけど? かなり本気で。」
そうだったっけ? と、キラは首を傾げる。かなり記憶が不確かで、よく覚えていない。なんだかわからないうちに、このふたりが傍にいて、わからないうちに看病されていた。そういえば、自己紹介しておりませんでした、と、ラクスが笑う。
「私はラクス。この街の、現在一番古い住人で、街から少し外れた桜薫館というところに住んでいます。ファミリーネームは、内緒です。ここでは名前だけしか名乗りません。」
「俺は、アスラン。きみの将来の伴侶。街の中心街の薄暮館に住んでいるよ、マイスウィートハート。それから、金髪碧眼のおっさんは、ムウと言って、マグノリア館のマリューの連れ合いだ。」
「マリューさんの? 」
「うん、普段はふらふらと外で仕事しているからさ。ちょっと用事があって戻っているんだ。本来のマグノリアの経営者だよ。」
へぇーと、キラは感心したように頷いた。そんなこと、ちっとも知らなかった。マリューも結婚しているなんて言わなかったし、誰も、本来の経営者のことなんて口にしなかったからだ。
「キラ、まだ話には続きがあります。よろしいですか? 」
「はい。」
「あなたは、国に最後の一人として定められたことは理解していただけたと思います。ですから、あなたは、ここで元気になって暮らさなければなりません。」
「ですが、ラクス様。僕は・・・」
国自体が持つ意思というもので、最後の一人に選ばれたと言われたところで、キラは、そんなものに興味はない。とりあえず、働いて借金の返済だけすれば、終わりたいというのが正直な気持ちだ。生きているというのが辛いとか、国が滅んで悲しいとかいう気持ちは、もう希薄になっている。そんな薄情な人間では、大切な役目は担えないだろうと思うのだ。
「それほど大袈裟に考えなくてもよろしいんですよ、キラ。国が持つ意思というより、国の残留思念みたいなものを昇華させるのだと考えてください。毎日、国を憂うというようなことではないんです。ただ、キラが、たまに自分の国のことを思い出すぐらいでいいんです。」
「もっと簡単に言えば、キラが、ここで俺と愉しく暮らしていればいいってこと。それなら、できるだろ? 」
もし、キラが納得しなければ、このまま消えるだろう。国は選んだ相手に裏切られ、寂しく滅んでいく。それはどちらにとっても良い結果ではないから、ラクスは懸命にキラに生きよと勧めるのだ。こんなに若くして生命を散らせるのは悲しいとも思っている。
「・・・ごめんなさい・・・僕にはできません・・・」
「まだ結論は結構です。ここは、そういう街なのだと理解してくだされば、今は十分です。」
そう考えていたら、目が覚めた。慌てて起き上がろうとして、左右から押さえられた。
「駄目です、キラ。」
「絶対安静だ、寝てるんだ、マイスウィートハニー。」
「カガリはっっ? 」
「心配なさらなくても、あの子は、保護しておりますよ。キラ、それよりも、少し話を聞いてください。あなたが、ここに辿り着いた意味を私が説明します。」
起き上がろうとしたキラを止めて、ラクスが意味深な言葉を吐き出した。今まで、誰も、亡国の流浪者について、キラには説明していなかった。
「僕は、ただカガリが。」
「ええ、あなたの姪が風邪をこじらせてしまったことが発端でした。でも、それすらも、ここに、あなたが留まるために起こったことだったとしたら、どうしますか? 」
辿り着くものは、皆、別々の理由で、ここを通過しようとする。そして、ここに留まることになる。それまで流れていた空気が、ここで止まり、そして当人も、ここに停滞する。この街に入り住める人間は、基本的に亡国のものであり、身分とか血脈の程度ではなく、いかに自国を愛していたかで滞在時間も決まる。そして、その国が世界中の誰からも忘れ去られた時、その国の最後のひとりの時間が動き始め、やがて最後の一人が生き絶えて、その国は完全に滅ぶことになっていた。ラクスが、ここに来る以前から、そうやって誰かが暮らしている街だった。そこにラクスも辿り着き、現在に至っている。今、キラが辿り着いたのも、最後のひとりとなるように、その国が決めたのだろう。
「ここでは子供は育ちません。ですから、子供ができた場合は、この街から出ることになります。あなたの姪が、なかなか体調が戻らなかったのも、その所為ですわ。成長するものは、ここの停滞する空気とはそぐわない。」
「それを無理に育てたりすると、この年齢になるまで倍かかったりするんだ。」
ラクスの説明の合間に、アスランが自分を指差して笑う。キラと見た目には変わらないアスランだが、年齢的には倍近く違うからだ。
「じゃあ、この街の人は、みんな? 」
例えば、目の前に居るピンクの髪の少女とか、この館の主人である銀髪と金髪のふたりとか、自分のことを「マイスウィートハート」と呼ぶ宵闇色の髪の人は、見かけの年齢ではないということだ。
「あまりお話したくありませんが、わたくし、こう見えても二百年近く、この姿です。アスランは、まだ若くて、三十年くらいかしら? 」
「えっ? 」
「だから、きみぐらいが俺にはちょうどいいんだよ、キラ。どう? 俺の伴侶にならない? 」
「アスラン、それはじっくりとやってくださいな。今は、真剣なお話です。」
本気ですよ、とアスランは抗議しつつ、キラの身体を少し起こしてくれる。背中に、たくさんのクッションを配置して、それから手に飲み物を持たせてくれた。
「ですから、あなたの姪は早急に、ここから出さなければなりません。」
「でも、もう僕には・・・」
「それはイザークたちが考えてくれるでしょう。だいたい、あなたのようにきれいで働き者を買い取るには、あの借金額は、かなり安価です。もし、あなたさえよければ、私が倍額で、キラを買い取りますわ。」
「ラクス、それは却下です。」
おおよその話は理解できた。つまり、自分は、ここに吸い寄せられた、ということなのだろう。自分の生まれた国を看取る最後の一人となるべくして。それは理解できたが、さて、このヒトたちのことだ。
「あの、それで、あなた方は、どちら様なんですか? 僕の値踏みか、何かで親切に世話してくださってるんですか? 」
「はあ? 」
「えっ? 」
「・・・違います? 」
ちょっと待て、とばかりにアスランは、キラの手にしている飲み物を取り上げて、口に含むと、キラに飲み込ませるためにキスをする。食欲のないキラは、ラクスたちが看病するようになって、こうやって餌付けされていて抵抗はない。ごくりと喉を通ると、アスランは唇を離す。
「キラ、こんなことは、普通やらないと思うんだけど? これを、おまえは査定のための味見とか思ってたわけ? 」
「違うんですか? 」
「俺、最初にプロポーズしたはずだけど? かなり本気で。」
そうだったっけ? と、キラは首を傾げる。かなり記憶が不確かで、よく覚えていない。なんだかわからないうちに、このふたりが傍にいて、わからないうちに看病されていた。そういえば、自己紹介しておりませんでした、と、ラクスが笑う。
「私はラクス。この街の、現在一番古い住人で、街から少し外れた桜薫館というところに住んでいます。ファミリーネームは、内緒です。ここでは名前だけしか名乗りません。」
「俺は、アスラン。きみの将来の伴侶。街の中心街の薄暮館に住んでいるよ、マイスウィートハート。それから、金髪碧眼のおっさんは、ムウと言って、マグノリア館のマリューの連れ合いだ。」
「マリューさんの? 」
「うん、普段はふらふらと外で仕事しているからさ。ちょっと用事があって戻っているんだ。本来のマグノリアの経営者だよ。」
へぇーと、キラは感心したように頷いた。そんなこと、ちっとも知らなかった。マリューも結婚しているなんて言わなかったし、誰も、本来の経営者のことなんて口にしなかったからだ。
「キラ、まだ話には続きがあります。よろしいですか? 」
「はい。」
「あなたは、国に最後の一人として定められたことは理解していただけたと思います。ですから、あなたは、ここで元気になって暮らさなければなりません。」
「ですが、ラクス様。僕は・・・」
国自体が持つ意思というもので、最後の一人に選ばれたと言われたところで、キラは、そんなものに興味はない。とりあえず、働いて借金の返済だけすれば、終わりたいというのが正直な気持ちだ。生きているというのが辛いとか、国が滅んで悲しいとかいう気持ちは、もう希薄になっている。そんな薄情な人間では、大切な役目は担えないだろうと思うのだ。
「それほど大袈裟に考えなくてもよろしいんですよ、キラ。国が持つ意思というより、国の残留思念みたいなものを昇華させるのだと考えてください。毎日、国を憂うというようなことではないんです。ただ、キラが、たまに自分の国のことを思い出すぐらいでいいんです。」
「もっと簡単に言えば、キラが、ここで俺と愉しく暮らしていればいいってこと。それなら、できるだろ? 」
もし、キラが納得しなければ、このまま消えるだろう。国は選んだ相手に裏切られ、寂しく滅んでいく。それはどちらにとっても良い結果ではないから、ラクスは懸命にキラに生きよと勧めるのだ。こんなに若くして生命を散らせるのは悲しいとも思っている。
「・・・ごめんなさい・・・僕にはできません・・・」
「まだ結論は結構です。ここは、そういう街なのだと理解してくだされば、今は十分です。」
作品名:しーど まぐのりあ5 作家名:篠義