しーど まぐのりあ5
やはり手ぶらのカガリに、キラは尋ねる。あのカバンには、お金の変えられない大切なものが、たくさん入っていた。カガリの身分を証明する指輪だとか、キラの実母が、カガリに送ったヤマト王家の紋章が入った髪飾りだとか、そういう宝物と呼ばれるものを、キラは詰めた。
「あれなら、ここの庭に隠してある。」
「それ、取っておいで。あれは大切なものだから、手元に置くほうがいい。」
「いや、こいつらに取り上げられては困るから、隠しておく。帰る時に取り出せばいい。」
自己防衛策としては、立派だとは思うが、それは失礼な言い草には違いない。困った顔をしたら、「お腹が減ったのか? 」 と、カガリは尋ねる。空く筈がない。もう、そういう気分は、キラには皆無だ。ただ、このオーブの皇女を帰国させるということだけが頭に残っている懸念事項である。
「カガリ、路銀が足りるなら、オーブに戻りなさい。ここまで戻ってこれたんなら、行くこともできるはずだよね? 明日の汽車で帰るんだ。」
「いやだ。キラも一緒に帰るんだ。」
それはできないのだと、キラは何度も説明した。しかし、ちっともカガリは納得してくれない。カガリは、キラも一緒でなければ帰らないと言う。だが、それはできないのだ。亡国のものを匿うのは、オーブに悪影響を及ぼす。強いては、カガリにも迷惑をかけることになるからだ。それを口にしたら、カガリは、もっと怒るから、口にはしない。どうやって説得したらいいのかなあ、とキラは溜息をつく。強情ではあるが、カガリは真っ直ぐな性格で、自分のことを心配しているから、こんなに駄々を捏ねる。でも、優先すべきなのは、オーブのことで、自分のことではない。それが理解できていれば、ここまで駄々は捏ねないんだけどな、と、キラは諦めそうになる。だが、諦めたところで自体は変化するわけではない。
「キラ、顔色が悪い。横になったほうがいい。」
カガリと話し込んでいたら、背後からアスランに肩を叩かれた。確かに、ずんと身体は重いのだが、カガリのことがあるから、「大丈夫です。」 と答える。とりあえず食事させてやらないと、と、ラクスとアスランに、再度、外出のお願いをする。
「駄目です。キラ、お願いですから横になって。また、倒れてしまいますわよ。」
「僕は大丈夫です。この子に、食事をさせたら戻ってまいります。」
「そんなことはダコスタにさせます。カガリさん、あの男と母屋に行きなさい。キラは、本当に具合が悪いのです。とても、母屋まで行けるはずがありません。」
「じゃあ、ここへ運んでくれ。私がキラの看病しながら食べる。」
「それは許可できません。具合の悪い人の傍で、食事をするなんて、キラの具合が余計に悪くなります。キラは食べられないのに、その横で食事をするつもりですか? 」
窘めるラクスの言葉に、カガリはギロリと睨むだけだ。こっそりと小声で、「キラと一緒がいい。」 と、カガリは呟く。キラにだけは甘えるのだ、オーブの皇女は。
「ラクス様、後生ですから。すぐに戻ります。」
「そうじゃありません、キラ。キラの身体は、とても弱っているんです。子供の世話をしている場合ではないんですよ。それに、カガリさん。あなたは、保護を必要とするほどの幼子とは思えません。それぐらいのこと、ひとりでできるばすです。」
ちゃんと言いつけを守るのではなく、自分の考えで引き返してきたのだ。その判断力と行動力があるなら、キラのこともわかるだろうと、ラクスは困ったようにカガリを睨む。キラは元々から色が白くて、亜麻色の髪と菫色の瞳が際立つきれいな叔父だった。自分を抱き締めている手は、荒れていて、色も白くない。見上げたら、困ったように微笑む菫色の瞳も、少しぼんやりとしている。「ごめんね。」 と、キラは謝るばかりで、叱ったりしない。ただ、悲しそうに自分を見ているだけだ。
「キラ、そんなに具合が悪いのか? 」
「ううん、ちょっと立ち眩みしたぐらいだよ。カガリ、ひとりでも行ける? どうしても、お許しは頂けないみたいだから・・・ごめん。」
「いい。それなら、キラが食べられそうなものも貰ってくる。」
「僕は、さっき頂いたから、もうお腹一杯なんだ。その分は、カガリが食べるといいよ。」
やっと、カガリはキラから離れて、ラクスの従者の下へ歩き出した。バタンと扉が閉じられた瞬間に、キラは前のめりに倒れる。いろいろと考えていたら、目の前が真っ暗になってきた。どうやって、頑固な姪を説得するべきなのか、なかなか名案は浮かばない。
「ほら、ご覧。キラは起きていられるほどには回復していないんだ。」
「すいません。」
「いいから、横になって。」
「キラ、あの子のことは、イザークたちが帰しますから、大丈夫です。一両日中には、汽車に乗せられると思います。」
「すいません。」
「礼には及びません。キラが、よくなって、本当に心から笑ってくだされば、私は満足です。」
そういえば、心の底から笑ったのは、いつだったろう。カガリを送る旅に出る以前から、自分は愛想笑いばかり浮かべていたように思う。国中の空気が重くて、とても笑っていられる雰囲気ではなかったからだ。いつになったら、心が穏かになるだろう。もう、そんなことはないのかもしれない。
作品名:しーど まぐのりあ5 作家名:篠義