forever,fornever
<ララバイ>
式の直前、花嫁はまだ迷っていた。かわいらしいウエディングドレスに身を包み、髪を華やかに結いあげた鏡の中の自分は、いつになく不安な顔をしていた。
あたしでいいのかなぁ。なんであたしなんだろう。もう何百回目になるかも答えもわからない自問自答を繰り返し、またため息を吐いた。
花婿は義兄だ。妹である自分が、母の胎内にいる頃、父の恩人が儚くなり、その息子である彼を引き取ったという事情は、つい昨年聞いた。短大を卒業し、就職活動のために取り寄せた謄本で、初めて、血のつながりがないと知ったのだ。やっぱり、という気持ちがショックに勝ったため、取り乱さずにすんだ。親のどちらにも似ず、付き合う異性に全く不自由しなかった兄の外見には、自分と接点が何一つなかった。
兄は性格こそ刺もあれば裏表もあったが、妹である彼女を猫かわいがりしていた。幼い妹を下にも置かず、始終抱き上げては飽かず子守唄を口ずさんでいたと親戚すべてに冷やかされるほどに。彼女が物心ついてからは、君は僕のお姫様です、と毎日のように言われ続けた。おかげで、初恋の相手が兄弟などという笑えない経験をしてしまった。
幼い頃から抜けたところのある自分の先行きを案じた近所のお見合いおばさんから、あんたは早く結婚なさい、こんなせちがらいご時世じゃひどい職場に入っていじめられるか首になるかどっちかだから。といわれて突きつけられた見合い写真の男たちは、地位や収入こそ申し分なかったが、どれもこれも南瓜の従兄めいたご面相であった。芸能界にもめったにいないような美形を兄に持ったお陰で、無駄に肥えてしまった目には、到底伴侶候補にはなりえなかった。
あたしどうしよう。一生結婚できなかったらお兄ちゃんのせいなんだからね。
やつあたり半分、愚痴半分で兄に漏らしたところ、兄は澄まして言葉を返した。
おやおや、では責任を取らせていただきますよ。
その一言に放心したまま、今日に到る。
ご近所にはニートで通っている兄は、どんな魔法でか宝籤の最高額に近い財を成したらしい。投資だか何だか、在宅で稼いだと何度か説明されても、彼女の頭ではさっぱりわからなかった。
一生不自由させませんから、夫婦になることを許してください。そう言って頭を下げた兄に、父は頭を抱えたが、母は、お兄ちゃんなら大丈夫だわ、あの子をよろしくね。あなたはこれまでもこれからもわたしたちの息子よ、とほほ笑んだ。
彼女は戸惑いが貼りついた表情のまま親戚たちの祝福の言葉を受け、バージンロードに進み出た。
教会の扉が開き、しゃちこばった父のエスコートで絨毯を踏んだ瞬間、本当に逃げてしまおうかと思った。
兄にはこれからすばらしい女性との出会いがいくつも待っているに違いない。妹の自分ではなく、より彼に相応しい伴侶を選ぶべきだ。世界一の美女だって、彼を疎かにはしないだろう。逃避と紙一重の確信と決意をつま先に込めた瞬間、ステンドグラスから一条の光が射した。
思わず赤い色のついた窓を見上げ、その光の下にいた新郎と目が合い、彼女は驚きのあまりドレスの裾を踏んだ。父が支えてくれたため転ぶことは免れた。参列者に、くすくすと好意的な笑いが広がったが、もう花嫁の目には入らなかった。
やがて父が花嫁の隣を花婿に譲ったとき、オルガンに紛れる声量で花嫁は問うた。
「・・・・骸?」
花婿は芝居がかった表情で片眉をあげ、呟いた。
「やれやれ、思い出してくれたのは嬉しいですがすごいタイミングですね、綱吉」
落ち着きはらって型どおりに誓いの言葉に同意した花婿は、花嫁のベールをあげるとき、片目を瞑って、悪戯っぽく笑って見せた。
「さっきね、神様に嘘をつきました。死んだくらいで君と別れるなんて論外です」
途端、花嫁は爪先立って花婿の首に腕を伸ばし、くちづけた。
唖然とする神父を尻目に、花嫁は花婿に告げた。
「ごめん。ありがとう。ねえ、ずっとずっと、そばにいて」
「望むところです。君に言われずとも、当然そうさせていただきますよ」
最初に出会った人生から、西暦の百の桁がいくつか変わっていた。
作品名:forever,fornever 作家名:銀杏