ああ無常
これは学園を卒業して随分経った頃の話になる。俺も伊作も共に無事就職先が見つかり、忍びであるという理由でお互いの行き先を知る事はなかったが、学び舎を離れても変わらぬ友情を誓っていたし、いつの日か再び出会う事もあるだろうと笑い合い別れた。
そして再会は、悲しい程にベタな話ではあるが、敵同士としてだった。どうやら俺も彼も相当な不運だ。
互いに引くに引けぬ状況で俺たちは刃をかざした。どちらかが命を落とさぬ限りは、どちらもこの場を去る事は許されなかった。
かつての友を、いいや、今でも何よりの友だと思っている伊作を切らねばならない。
それは到底納得できる運命ではなかった。しかし俺たちは忍びであったので、全力で戦い、そして俺は伊作の体に刀を打ち込んだ。
「留三郎はやっぱり強いねえ」
口から血を溢れさせながら伊作は、あの何とも言えぬ顔で笑った。もう彼が反撃する事はない。伊作は演技などでなく、まさに死にかけの姿だった。俺は最後の最後で忍びになりきれず、息も絶え絶えの伊作の体を抱き起こした。
「……留三郎は優しいね」
そんなところが好きだなあ、君と友達になれて良かったなあ、と、出会った頃に見せたような、何の他意も見えない純粋な笑顔を伊作は浮かべる。しかしそれも歪んでうまく見えない。俺はぼろぼろとみっともなく涙をこぼしていた。
何が優しいものか。自分を切り捨てた男を友と呼び、笑う伊作こそ俺は。
次から次に涙が溢れ、言葉は全て鳴咽となった。お前の方こそ優しいと、それすらも声にならない。何も言えない俺に伊作は笑う。
「しょうがないよ、留三郎」
伊作は赤く赤い唇を震わせながら、心からの言葉であると微笑んで、そして死んだ。俺の腕の中で息を止めた。温もりを失っていく体を抱きとめたまま、俺はひたすらに泣いた。
なあ伊作。しょうがない事なんて一度もなかった。諦めていいものなんか一つもなかったよ。
しょうがない、とお前自身が諦めていたお前の命すら、俺にとってはしょうがないものなんかじゃなかった。しょうがなくなんか、なかったんだ。
俺は伊作の優しさに甘え続けた自分を恥じた。伊作が一つ、また一つと諦めていくのを、しょうがない事なんてないと否定もしてやれず、最期の最期まで伊作は優しいからと、言葉にもしないのに勝手に押し付けて死なせてしまった。
なあ伊作。しょうがないなんて言うなよ。俺は、しょうがないなんて思えない。
そう伝えてやりたい友は、今はもう物言わぬ屍だった。