ああ無常
あれは六年の頃の話になる。俺たちは最高学年で、気の早い者などは既に忍びとしての就職先を探し始めているという話だ。俺もまあ、忍びの学校の教師としてだが、スカウトを受けた事もある。いけ好かないドクタケからの誘いだったので勿論断ったが。
そのような状態であるので、当然、六年ともなるとほぼ一人前と言って良い程の腕前を皆が持っている。いつでもプロとして世に出る事が出来るのは当たり前で、あとは忍びとしての心構えを固めるため、というのが授業の主な目的だった。
実習はどれもプロに与えられるような忍務が殆どで、教師の助けもない。本番そのものの実習はいつも気が張り詰めていた。
双忍の術として、俺は当然のように伊作と組む事が多かった。彼は自分の不運さを知っていたので、それでも組んでくれたと俺に感謝していたが、気心の知れた彼と対になるのは俺にとって苦ではなかった。なにより、気の詰まる実習で、穏やかで心優しい伊作が共にあるというのは一つの癒しでもある。俺は心から、彼と双忍をやれる事を歓迎していた。
そんな中でのある実習の事だ。辛い事ではあるが、追っ手をかけられやむなく相手を殺めてしまった事がある。本来忍びとは闇に潜むものであるので、実際はこうして命の奪い合いになるなど滅多にある話ではない。
それでも忍務を果たすのに支障があるならば、人を殺めるのもまたやむを得ない、と理解してはいた。それでも人を切る感触というのは何度味わったところで慣れるものでもなければ、自分の命が他者のそれより上だなどと納得できるものでもない。
俺は血の滴る刀を握ったまま呆けたように立ち尽くしていた。その背中を、同じように敵を殺め返り血を浴びた伊作が撫でる。
「しょうがないよ、留三郎」
俺はびくりと体を震わせた。月明かりに照らされた伊作の表情は、やはり何とも言い難いものだったが、一番近いものをあてるならばそれは微笑みだった。優しい声音で、穏やかな笑みで、伊作は言った。しょうがないよ、と。
奪われた命は、絶たれた無念は、本当にしょうがないものだったのだろうか?
しかし気落ちした俺を気遣ってくれているだろう伊作に当たるのもお門違いだ。俺は色々な言葉を、感情を、そして僅かの、ほんの僅かの違和感と恐怖を全て呑みこんだ。