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言葉が聞きたい

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俺が潮江文次郎が女と知ったのは、三年から四年に上がる前のことだった。
それまでに薄々気づいていたとはいえ、事実を知らされたとき多少なりとも驚いたことは覚えている。何でいまさら、と思わないではないが、文次郎曰く、「糞じじいが死んだから、俺が無理して跡取りする必要がなくなった」らしい。
複雑な家庭事情の上に、あほのは組である俺にはちっとも理解できなかった。
今まで通りの態度を取りつつも、女ということでどこか手加減していたのもあるかもしれない。
以前は俺から突っかかっていたのが、いつの間にか文次郎のほうからつっかかるようになっていた。
小平太は文次郎が女だろうが、男だろうがお構いなしだったし、無理をしそうだったら長次が止める。
だから俺たち同学年で心配したのは立花仙蔵のことについてだった。

仙蔵は文次郎が女と知る前から、もっと言えば俺たちが勘ぐる前から文次郎のことを気にしていた。
同じ組だから、とか同室だから、とか関係なく、文次郎が誰かと話していれば声をかけていたし、からかっていた。
だから文次郎が女と知った今、文次郎を手籠めにするのでは、と伊作と長次とともに警戒していたのは仕方がないだろう。
ところが、蓋を開けてみると意外や意外、手を出すどころか、お前一体誰だ、と問いたいくらい仙蔵は文次郎に対して奥手になった。
ずっと同室だったからか、仙蔵の前でも文次郎は普通に着替える。
据え膳どころではなく、あーん、と口元にまで運んでくれているのに、だ。いやマジあれはない。






「何やってんだお前ら」
通りかかったい組の部屋の前、襖が開かれて中の様子がよく見える。
そこで男が女の胸を掴んでいる光景に出くわした。
いや、掴んでいる、というよりも掴まされていると言ったほうが正しい。
「よう、食満留」
掴ませている女は恥じらうことなく、何度もやめろ、と言っているのにやめる気のない愛称で答えた。
「仙蔵が、お前胸ないな、っていうからさ。こう見えて結構あるんだぜ、って」
「いやいやいや、ちょっとお前そこで襲われるとか考えねぇの!?」
この無防備さにあきれるどころか感嘆する。
そしてそれ以上にこの状況に陥っても手を出さない仙蔵に、お前本当に男か?と問い詰めたい気分になった。
「仙蔵が俺を? まっさかぁ。こいつ俺じゃなくて、もっといっぱいいい女知ってるんだし、今更俺なんて相手にしねぇよ」
いやいやいやいや、お前の同室者、童貞なんですけど。さらに言えば一緒にそういう店に行こうとしたら『文次郎以外の女となんて!』と公言した奴ですが、お前以外を女とみていないんだって。
声を大にして言いたい俺の心中を察することもなく、文次郎は「な、仙蔵」と同意を求める。
そこでようやく仙蔵はびくりと身体を動かし掠れた声を上げた。
「ま、まぁな、おまえのからだなどとうにみあきたわ」
ひらがなで答えている時点でだめだ。今回も口元に持ってこられた食材は、高いプライドの前で料理されることなくあっさりと拒否された。
「暴走する前にどうにかしちまえ」
今仙蔵に言えるのはそれだけで、俺はこれ以上かかわるまい、と襖を閉めた。
「食満留三郎! なぜ襖を閉める!」
仙蔵の叫びが聞こえたが、俺は伊作に文次郎への注意を促してもらうため、足を保健室へと向け、叫びなど聞かなかったことにする。
さっさと喰っちまえ。


作品名:言葉が聞きたい 作家名:まどか