言葉が聞きたい
仙蔵は俺のことが好きだ。
それは確信している。
うぬぼれでもなくて、本当なのだ。
けれど、いくらこっちが隙を見せても仙蔵は手を出す所か、真っ赤になって固まる。
それは仙蔵に恋をしているくのたまの仕草と同じで、俺はすぐに「こいつ俺なんかに引っかかって哀れだ」と思ったのだ。
「救いがない」
わざと胸を触らせたのに、揉むどころか触れた状態で固まった仙蔵。たぶん食満がこなければずっとあのままだったのだろう。
食満が気を利かせて襖をしめてくれたのに、それが逆効果になったのか、襖を閉めるな!と叫んで部屋を出て行ってしまった。
上半身に血が上ったのか、下半身に血が回ったのか。前者はなさけない、と思うけれど後者は後者で腹が立つ。
血の匂いが若干したので、恐らく前者だろう。
据え膳喰わねば男の恥、というがアイツ本当にモノついてるのか?
「確かめてやりたい」
ぶっそうなことを呟いた俺は、数日前山本シナ先生に言われた実習のことを思い出し、にんまりと笑った。
「こうなりゃ最終手段だ」
意外と俺と食満が一緒にいるところを嫌がってる仙蔵だ。どうやら小平太より長次より、伊作より、食満を一番警戒しているらしい。
これを使わない手はないだろう。
妾の子、ということで母方の祖父から男として生きて跡目になれ、と言われ続けたがその祖父が死んでから俺はあっさりと自分が女だったことを周りにあかした。一番の心配種だった父親の正室に媚を売って売って売りまくって、信用を得、兄を助けるために忍術学園を卒業することを認めさせた。
そのため男として授業を受けているが、それは三年間男として授業を受けていたからで、別にくのいちになることが嫌なわけではない。
時たま山本シナ先生から特別授業をうけることを条件に六年まで過ごしてきたが、そろそろ女としての武器を使う時が来たようだ。
「ちょっと来い!」
仙蔵に腕を掴まれたのは久々だった。授業では腕を掴むことも、近距離で会話することも普通なのに、忍を取り払うととたんに仙蔵は俺に触れてこなくなる。だから久々に仙蔵の掌の感触を感じた。
「で?」
部屋に来たはいいが、どうやら頭が冷えたらしい。仙蔵は座り込みそのまま何も言わない。
こちらも崖っぷちの賭けをしたのだ。そろそろ結果を出してほしい。
「で? 俺は食満留と色の授業を受けていんでしょうか立花仙蔵さん」
ここまでヘタレとは思わなかったが、それでも仙蔵からの答えが聞きたい。
遠回りにどうした?と首を傾げることも可能だが、あえて直球の質問をしてみた。
「だ、ダメだ」
「なんで?」
「なんでって?」
「お前は俺の同室者で、俺の行動を束縛する権利などないはずだが」
あーやらうーやら煮え切らない態度の仙蔵に、俺の短い堪忍袋の尾がキレそうです。
「十秒以内で答えんと、俺は戻る」
部屋は閉め切って暑いし、外からは馬鹿どもが様子を伺っているし、本当にどうして俺はこいつ相手にこんなことをしているんだろう。
「じゅう、きゅう、はち」
あー、なんかアホらしくなってきた。
俺はなんでこいつの答えなんか待ってるんだろう。
「なな、ろく、ごー」
いら立つと同時に鼻の奥がツンとした。
「よん、さん……」
俺はこいつが好きなのに。
仙蔵からの言葉が欲しくてずっと待ってるのに。
今までの思いが全部無駄だったのかと思って、思わずため息が出た。
「もういい」
最後まで数えて、それでも言葉がもらえないなら、その絶望を知るより自分からさっさと諦めたほうが楽だ。
すくりと立ち上がって、俺は仙蔵の横を通り過ぎ襖に手をかける。
「ま、まて」
再び腕を取られて、俺はバランスを崩し後ろに倒れ込む。
掴んできた腕が前に回る。
後ろから抱きしめられて、どくりと心臓が跳ねた。
「好きなんだ、行ってくれるな」
小さな声だった。それでも俺の耳に届いた。
ぎゅう、と抱きしめられてようやく俺は声が出る。
「遅いんだよ、この阿呆」
「へっ?」
仙蔵が不可思議な声を出したので、いらっとした俺は長年溜めてきた怒りが爆発した。
仙蔵の腕から逃れて、真正面から向き合って、怒鳴りあげた。
「毎回毎回人の着替えやらなんやらガン見するくせに、肝心なことは一向にしてこねぇし、寝てても寝顔覗くだけで何もしてこねぇし、お前人のこと馬鹿にしてんのか?お前の気持ちやらなんやらわからんほど、俺はお前と同室してねぇし、そんな浅い関係築いてきたつもりもない。大体俺がいろいろしても、食満留やら長次やら伊作から注意受けるのは俺だっての! 本当に今回のこれでお前が何にもしてこなかったら、マジお前見限ってたからな!」
「はぁ、ちょっと待ってくれ、それってお前」
「何度も待てって言うんじゃねぇ! 俺がお前からの言葉待ってたなんて、あほらしくて、俺らしくなくて、マジむかつく!」
混乱している仙蔵に、俺は掌を握りしめた。
汗でびっしょりなのは暑いからだ。
「混乱してるのは結構だが、お前は俺をどうしたいの? 抱きたいの? 抱くきたくねぇの?」
怒鳴って少しはすっきりしたが、声はまだ怒気を孕んでいる。それに気圧されたかのように、仙蔵は頭を下げた。
「抱かせてくださいお願いします」
耳まで真っ赤になった仙蔵を見て、ようやく俺の顔にも血が上ってきたようだ。
おけま。
「文次郎は私のことをその、す、すき、なのか?」
まだ一度も聞いていないんだが。
押し倒すまでに時間がかかると把握した俺は、仙蔵の上に乗りあがった。
唇が触れ合う寸前で出された質問に、俺はまたしてもお預けを食らう。
こいつマジ空気読め。
「……お前がどもらずに俺に告白できるようになったら応えてやる」
「それ……」
まだ続きそうな言葉を遮り、俺は黙れと告げるように唇を合わせた。