鳥は囀り花実り、:前
結果としてそれから二日、手をこまねいている状態だった。
仕事の合間に様子を見に行っても傍には必ずフェリクスがいる。一度、二人に街中で見つかった時に世間話くらいは出来たが、エリザベータはさりげなく目を逸らすし、フェリクスはあっかんべーしてくるしで散々だった。
自室の机に肘をつけて頭を抱えて、さっきから出てくるのはため息ばかり。
夜か朝を狙ってエリザベータを訪ねに行くか真剣に考えはじめた時、彼女の落としたショールが目に入った。
「いつになったら返せっかな…」
折り畳んだそれを指の背でなでるとふかふかとしていてあたたかだった。
ドアがノックされる。やたらリズミカルなふざけたノックで、そんな真似を堂々とする知り合いはここいらには一人しかいない。
手詰まりで煮詰まった精神を逆撫でされているようで、苛々しながらドアを開けた。開口一番に文句を言おうとしたが、それより先に人差し指が眼前に振ってきて出鼻を挫かれる。
案の定フェリクスがいつもの飄々とした態度でそこにいて、ギルベルトにさらなる追い打ちをかけるように宣告を下す。
「お前、明日から出張。もう決定だしー」
「なっ…!? こらてめぇ!」
挨拶も前置きも無しのその命令はギルベルトには最悪の内容だった。今他所に出かけていたら次にエリザベータと会う機会がずっと先になってしまう。苛立ちも手伝い声が荒ぶる。
「ちょっ、ちょっと! いきなりそれじゃあわからないでしょ、ちゃんと説明しないと」
険悪な雰囲気にトーリスが慌てて止めに入った。フェリクスの腕を下ろさせ、たしなめる。
「じゃあリト任せた」
「ええ~…さっき自分でするって言ってたじゃないか…」
「…おーい」
事も無げにさらりと説明役を丸投げされトーリスの肩が落ちた。毎度の事とはいえ苦労の程が窺えるやりとりに、ギルベルトも毒気を抜かれてツッコミを入れざるを得ない。
「あっ、はい。明日の朝にハンガリーさん帰るそうなので、送っていってもらえますか?」
降って湧いたような幸運とはこの事か。最低だと思っていたカードが裏返したら今最高に欲しい役が揃っていた偶然に内心ガッツポーズ。
とはいえ、ギルベルトは普段フェリクスの命令には大体いちゃもんをつけている。文句も無しに頷こうものなら怪しまれるし、一度間を置く事にした。
「もちっと粘るとかって話じゃなかったか?」
「うっさいしー。天気理由に出されたら引き止められんもん」
ごく自然に、それでいて拒否の意は無い風を装いつつちょいやり返す。けれど淡々と言い放つフェリクスの理由は至極もっともで、たいした仕返しにならなかった様だ。
むしろしれっと出てきた理由にギルベルトの方が難色を示す羽目になってしまった。
「…そうとわかってて話持ってくるか、この宗主サマはよ」
確かにこの数日で雲の厚みが増してきている。ここは北寄りの土地なのでエリザベータを送り届けて戻ってくる頃には雪が積もっているだろう。
好都合の仕事とはいえ、その点を考えると配慮のはの字も見当たらないフェリクスに握りこぶしくらい作りたくなる。
「護衛はいらないって、ハンガリーさん言ってたんですが、そういう訳にもいかないでしょう? 手配しておいたのですが、間に合いそうになくて…すぐに動けて腕の立つ人が他にいないんですよ。お願いできます?」
「しょ、しょうがねーなぁ。そんなに言うなら、この俺様が引き受けてやらないこともないぜ!」
トーリスの真摯な頼みにギルベルトも上向き調子になる。そうだ、たとえ上下関係といえど人に何かを頼む時は相手のやる気を引き出す巧みさが重要なのだ。
「やかまし。偉そうにする暇あんなら、ハンガリーと仲直りする方法考えとけって話だしー」
「ぐぬっ…!」
フェリクスが冷めたまなざしで痛いところを付いてくる。同時にどこに持っていたのか小さな包みも押し付けられて、どちらに対して唸ってしまったのかギルベルト自身にもわからなかった。
「えっと、もしかして喧嘩してたんですか?」
「別にそういうんじゃ…つか、何だこれ」
事実、喧嘩ですらない。言いたいことを言える機会のある喧嘩の方がまだやり切れるのに、このままでは収まりが悪くて仕方ない。
どうしても歯切れの悪くなる言葉を飲み込んで、包みを開けてみた。中身が何かを知って、ギルベルトはとうとう言葉が出なくなった。
「明日の昼くらいまでもつからって、言っとった」
「おいしそうですね」
入っていたのはこんがりと飴色に焼きあげられた鳥のロースト。
誰からなのかは言うまでもなく、ただその真意をはかりきれないもどかしさが、ギルベルトにまたため息をつかせた。
[続く]
作品名:鳥は囀り花実り、:前 作家名:on