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鳥は囀り花実り、:前

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 結局その後は寝付けなかった。
 エリザベータの言うこの前とはあの晩の事だろうし、それを忘れ、無かった事にしてくれと言われる様なヘマをした覚えはない。多分。
 彼女を探しに母屋まで行こうかとも思ったが、誰かに見つかったら話がややこしくなるし、こんな制御を失った状態で色々自重出来る自信もなかったのでそれは思い留まった。
 答えの出ないわけのわからなさに頭を悩ましながら、まんじりともせず空が白む時刻を迎えた。
 一人だけこの時間に起きていて何か事情を知っていそうな心当たりがあったので会いに行くことにする。
 外套をひっかけ、あと空のコップと皿も手にしてまず食堂に向かう。食器をこっそり流しに返してから裏口を抜け厩を目指した。
 鞍にまたがり朝の散歩くらいの速度で手綱を操る。馬の暖かさとゆるやかな振動に体が目覚めていくのを感じながらギルベルトは白く息をこぼした。

* * *

 馬を走らせ程もなく目当ての人物は見つかった。街道脇、残灰のような薄暗い雲の下、開けた畑で農具を片手に誰かと話をしている。
 蹄の音に気付いたのか、お目当ての人物は一瞬農夫には似つかわしくない程険しく眉間を寄せたが、軽装で特に馬を急がせてないギルベルトの様子に、それもすぐ穏やかなものになる。
「おはようございます。珍しいですね、どうしたんですか?」
 のんびりとした朝の挨拶が似合う、純朴で礼儀正しい農夫の若者。それが彼、トーリスの印象だ。だがそんな彼も一度剣を持てばギルベルトもかくやと思う騎士に変貌する。
 ギルベルトの現宗主の一人『リトアニア』がトーリスのもう一つの名前だ。
「あー…と、ちょい聞きたいことが」
 どちらか宗主か分からないようなやりとりだがそれもいつもの事。トーリスと話をしていた農夫は空気を読んだのか、二人に軽く会釈をすると自然な足取りで奥の畑に戻っていった。
「悪ぃな、邪魔して」
「そんなことないですよ、丁度切りのいいところでしたし。作業しながらでもいいですか?」
 話さえ聞ければギルベルトは特に気にしない。馬から降りて手綱を手に遊ばせながら話を切り出す。
「昨日、エ…ハンガリーの奴見たんだけどよ、何か知ってるか?」
 事情を手っ取り早く聞きたいので、正確ではない表現を織りまぜ尋ねる。仕事絡みかもしれないので一応彼女の事は国の名前で問うた。
「あ、はい。その事かぁ。昨日の朝方、港でばったり会ったんですよ」
「港?」
 手際よく鍬を下ろし土を耕しながらこともなげにトーリスが答えた。
「はい。新大陸帰りの船が寄航した時に。ハンガリーさんもその関係でこちらまで足を運ばれてたみたいで」
「……ふぅん」
 新大陸の品に関する仕事ならおかしな話ではない。ただ、その品々を率先して持ち帰っているのはスペインだ。同じハプスのオーストリア側から誰かを、今は一介の小間使いであるエリザベータを遣わさなくてもと思うが、お家の事情まではトーリスも知らされてないだろう。詮索するだけ無駄だ。
 それにギルベルトが知りたいのは、あくまでエリザベータがこちらに滞在している理由なのだ。
「で、まぁ…ポーがはしゃいじゃって。ハンガリーさんの家で食べた魚のスープが食べたいってダダこねて、うちに泊まることに」
「……何つーか、客に飯作らせるなよ」
 トーリスの困り笑顔が大体を物語っていて容易に想像がついた。
 ポーこと『ポーランド』、もうひとりの宗主であるフェリクスのフリーダムさにはギルベルトですら振り回されるのでよくわかる。無論あまり面白くないので大抵の場合何らかの形でやりかえしてはいるが、トーリスは何だかんだで最後まで面倒を見ている事が多い。人が良すぎるとは思うが一方的な言いなりという風でもないし、互いの信頼も厚い、端で見ていても不思議な間柄である。
 さておき。今のでとりあえずはエリザベータがこちらにいる事情も、食堂の人間と話をしていた理由も腑に落ちた。となると今度はエリザベータをとっつかまえて真意を聞き出したい所だが、それには彼女がいつまでこちらに居るのかが重要だ。
 その辺りを聞き出そうとした時、トーリスが意外な事を言い出した。
「というのが表向きな理由です」
「表向き…って、裏があんのか?」
 本人には内緒くらいのお話なんですけど、と鍬を振り上げては下ろすリズムを保ちつつトーリスが続ける。
「なんか根詰めて働きすぎるので、しばらくうちで休ませてやって欲しいって、オーストリアさんからの依頼です」
「は? 休ませんならそれこそ故郷に帰せばいいだけの話じゃねぇか。向こうのが近いんだし」
 そもそも働きすぎるという状況からして意味がわからない。
 それにはギルベルトよりは事情を知っているはずのトーリスさえも不思議そうに頷いた。
「勿論それが一番なんですが、三日と経たずに屋敷に戻って働きだしそうなので、息抜きが出来て確実に引き止めてもらえる先って事でポーランドに白羽の矢が」
「……あぁ、そりゃ」
「適材適所、ですよねぇ…」
 ポーの奴ノリノリでしたし…と、乾いた笑い混じりにトーリスが結んだ。
 エリザベータは人見知りのフェリクスが懇意にしている数少ない内の一人だ。そんな事情が無くたって構っただろうし、フェリクスの性格ならご飯食べたいというだけの理由で、エリザベータを引き止めさせたのも納得だ。
「そういう訳で今日のお昼はハラースレー…でしたっけ、ハンガリーさん家のスープ。多分食べられますよ。楽しみですねぇ」
「美味けりゃ、俺様はなんだって構わないけどな」
 軽く相槌を返すその裏で、ギルベルトは地味に焦っていた。
 そういう事情ならエリザベータがこちらにいる間中、フェリクスはずっと彼女にべったりだろう。秘密裏とはいえ休養目的の滞在中に不祥事があってはならないから護衛もつくだろうし、そうなると二人きりで話をする機会がほぼない。さて、どうしたものか。
「…ちなみに、何日くらい引き止めるつもりなんだ?」
「ポーのがんばり次第なんですが五日くらいかなぁ。天候もあるし、あんまり長すぎるとハンガリーさんも変に思うでしょうし」
 確かに、と返して空を仰ぎ見た。
 遥か上空は風が強いらしく雲の流れが速い。けれども一向に晴れ間の見えない空は相も変わらず薄暗いままだった。

作品名:鳥は囀り花実り、:前 作家名:on