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不機嫌な防波堤

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4.

 それからの二週間、まるまる子供たちを説得するのに時間を費やした。何度も、何度も繰り返し根気よく。納得はできなかったとしても、理解はさせるべきだと四六時中子供たちの不安を受け止めながら、同じ質問にもどんな些細なことでも幾度となく丁寧に誠実に答え続けた。シャカもまた落ち着きを失くし、不安に陥る子供たちの支えとなってくれていた。シャカの気まぐれ、などとは最早思わなかった。
 防波堤だと豪語した彼は、押し寄せる不安の波に浚われることのないよう、立派に子供たちを守ってくれていた。言葉少なではあったが、確かな愛情でもって包み込んでいるようなそんなシャカに感謝しつつ、ひとり、またひとりと子供たちを新しい家族の下へと送り出していった。
 そして。
 子供たちの泣き声、笑い声、小さな足音――耳を澄ませば聞こえてくるようなそんな静寂に包まれた家の中をゆっくりとアルデバランは眺め見て回っていた。
 継ぎ接ぎだらけだった古い家。こんなにも広かったのかと感慨深げに見つめながら、柱のひとつについていた小さな傷にさえ、思い出が宿っていることに驚いてアルデバランはうしろをついて歩くシャカにひとつひとつ話しをした。「これは…」「あの時は…」とめどもない、他愛無い話。それでもシャカは話の腰を折ることもせず、まるで同じ場所、同じ時をアルデバランと共にあったかのようにじっくりと話に聞き入っていた。
 トンと扉に背凭れてアルデバランが見渡したそこはいつもなら所狭しとばかりの古い木で作られたテーブル。所在無げな椅子はどれもバラバラで小さなものもあれば、大きなものもある。ほんの少し傾いていたりするものもあった。
 じっと見つめたままのアルデバランにシャカが背後から「広いな…」と呟いた。うん、とだけ答えたアルデバランはテーブルに近寄ると、そっと手を置いた。
 わずかな凹凸と木の温もりを確かめるようにゆっくりと撫でていく。
「ずっと……忘れないから。今まで…ありが…と……う、……な」
 温かで、優しい夢を与えてくれた家の中心にアルデバランは感謝の言葉を送りながら、小さく肩を震わした。シャカはアルデバランの大きな背中を静かに眺めたのち、そっと扉を閉めるとその場から離れた。



 晴れ渡る空から降り注ぐ陽光を柔らける木陰の下で瞑想でもするかのように座していたシャカの前に大きな影が映りこむ。
「――もう、よいのかね?」
 目を閉じたまま、影に問いかけると「ああ」と声が返ってきた。覇気のない声に小さく笑んだシャカは立ち上がり、向き合った。
「アルデバラン、見よ」
 そう言って、すっと古ぼけた家を指差したシャカにアルデバランは今しがた出てきたその場所を見た。
「あれは家、などではない」
「は?家…だろう?」
 何を言い出すのかと思えば…アルデバランは一瞬、眩暈を起こしかけた。
「そして、君は灯台だ」
「灯台???」
 シャカの意味不明な発言に困惑を隠せないアルデバランにシャカは満足そうな笑みを浮かべて見せた。
「子供たちはきっとここに戻ってくる。たとえ、朽ちた柱しか残っていなかったとしても。君が与えた愛情を糧に強く、たくましく生きて。巣から雄々しく旅立った雛たちは必ず、惜しみない愛情に包まれたこの場所へと帰巣する。ここはそんな場所。そして、帰るべき場所を示す灯台のように君は大海原を照らす。昔も、今も、これから先ずっと。子供たちは迷わない。君という灯台の光を彼らは“ここ”で感じ続けていくから…」
 アルデバランの胸をシャカがトンと拳で叩いた。
「ここに、在る――と?そう、だな。そうだと嬉しい」
 それがひとつの証として残ることができれば、何事にも変え難い喜びなのかもしれない。そうアルデバランは思った。
「おまえが防波堤で俺が灯台か…悪くないかもな。それも」
 眩しい太陽に目を細めながら、アルデバランは満ち足りた表情を浮かべると力強く頷いてもう一度空に溶け込む「我が家」を愛しげに眺めた。



  ここはいつだって在る――
  俺と、子供たちとの小さな楽園。

  寂しさに心震えた時はここに帰ってくればいい。
  俺が凍えぬように暖めるから。

  迷った時はここに帰ってくればいい。
  俺がゆくべき道を照らすから。




Fin.


作品名:不機嫌な防波堤 作家名:千珠