不機嫌な防波堤
3.
ぽつんと空いていた席をシャカが埋め、あたりまえのような風景のように大勢で囲んだ夕食を賑やかに終えたあと、子供たちが寝静まった頃合をみてアルデバランは屋外へとシャカを呼び出した。
空には雲ひとつなく、満天の星が煌めいている。闇夜に瞬く星たちの静かなコンサートに耳を傾け、アルデバランは背後の気配に声をかけた。
「で?どうだったんだ、あっちは」
「……行方知れずだった射手座の黄金聖衣が日本で見つかったらしい」
「おい、それは本当か?」
思わず振り返ったアルデバランは疑わしげにシャカを見た。フンと小憎たらしく鼻を鳴らしたシャカはアルデバランの横に並ぶと青い眼差しを天へと向けた。
「真偽の程は定かではないがな。密偵を放ち現在調査中…らしい。どちらにせよ、本来秘匿されるべきことが明るみになりつつあるのかもしれない―――」
「きな臭くなってきたな…」
「ああ」
つるりとした白い貌で空を見つめたままの表情はその心中で何を思い巡らせているのかまったくアルデバランにはわからなかったが。
「それをわざわざ伝えに戻ったのか?おまえは」
「いや……それもあるが、君はどうするのかと思ってね」
「何を?」
問われたシャカは星空を見上げたまま何も答えようとはしなかった。
何を――
どうするのか――。
まったくアルデバランには想像もつかないことをシャカは突きつけ、選択を迫ろうとしているのだろうかと疑いを持ってしまう。
「フン。薄気味悪いことしか考えてないだろう、どうせ」
「さて。まぁ、いえることは私が善しと判断したことも君は悪しと判断するであろうということ。そして結果的には君がそれを選ぶだろうと…選ばさるえないということだ」
したり顔で答えているだろうと思った。が、シャカはいつになく神妙な顔つきで憐憫…と言うよりはむしろ物憂げで寂しささえ思わせる眼差しをアルデバランに向けていた。正直、勘が狂う、とアルデバランは思った。
「ほんとうに…一体何のことなんだ?教えてくれないか、シャカ」
一瞬、目を伏せたシャカはすっと視線を走らせた。その先は小さな光が灯り、子供たちの安らかな眠りに包まれた住処。
「――今はまだ種火でしかない。けれども、それはやがて大きな炎となって聖域を包み込んでいく。今までのようにはいかないのだよ、アルデバラン。君も、私も呑み込まれていくだろう。その大きなうねりに。アルデバラン、ここは君の故郷かもしれない。けれども、終の棲家ではないのだよ、そして…彼らにとっても」
シャカの厳しい言葉に「それは違う」とはアルデバランはいえなかった。目指し、求めていたことだったけれども。いつかは訪れるであろう日がずっと来なければいいと願いながらも、必ずその日が来ることは決定づけられたもの。覚悟を決めなければならない日がとうとう来たということ。
「家族ごっこは…おしまい、そういうことか?――猶予はどれだけある?」
「ひと月あるかないか」
「厳しいな…でも、何とかしてみせるさ。なぁ、シャカ。おまえは俺が「悪し」と判断する事だと言ったが。本当は今のこの状況のほうが悪いことではないかと思っていた。ずっとな。本来あるべき姿ではないはずだからな。結局、俺もまた子供たちを傷つけ、裏切る卑怯な大人のひとりでしかなかったようだ……」
さわさわと夜風に吹かれた緑葉がまさしくその通りだと肯定するかのように、こすれ囁きあう。シャカは肯定も否定もせず、ただ沈黙の夜空の星を仰ぎ見た。