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真夜中の攻防

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 眠るためだけに入った宿屋で、与えられた部屋に着くなり、アンディは壁際に向かう。そこに背中をつけて座りこみ、部屋の扉のほうに向けて自分の身を隠すようにカバンを立てておいて、そうして膝を抱え込む。部屋の隅に置かれたベッドには目もくれず。
「……おい、アンディ」
 部屋の入口に突っ立ったままのウォルターは、唖然としてそんなアンディを眺める。
 まさか、それで眠る気なのか、と。
 すでにうつむいて膝に額をくっつけていたアンディが、ふっと顔を上げ、ウォルターを見る。
「ベッド、使っていいよ。ウォルター」
 たったひとつしかないベッド。
 ウォルターに対する遠慮や配慮などから生まれた言葉ではなく、本当に心の底から自分がベッドを使うことをまったく考えていないようだった。
 用心のために。
 ウォルターだって……仕事の後だから……少しの時間とはいえ宿に泊まるのには抵抗があった。しかし、もう少し歩く必要があって、日も暮れてしまっては、歩き通しの足を休めたほうがいい。もし何かあった時に、それこそ疲労や寝不足でとっさの判断や動きが鈍ったら嫌だし。
 だからとっとと帰ろうと歩き続けようとするアンディ(それにシャルル)を説得して、数時間の宿での休憩を手に入れたのだ。そう、疲れをとるつもりで。
 まあ、実はひとりなら夜通し歩き続けていただろう。休む場所はカラスの巣でいい。
 だけど……。
 ウォルターは座りこんだアンディをじっと見る。
 自分だって、何かあった時のために、棺をベッドの横に置いておこうくらいのことは思っているが。
 コートも脱がずに膝を抱えて壁際でうずくまって眠るとか。
 用心深いのはいいことだけれども。
 宿をとる意味ないじゃん、それじゃ……なんて思う。
 いや、休めるだけマジだけれども。
 これじゃ野宿も同じ。屋根があるかないかの違い。
 ウォルターはゆずられた……というより拒否された……ベッドにダイブするかどうかほんの少し悩んだ。
 自分がベッドに飛び乗って『心配いらねぇよ』とか言ってみれば……
 ……たぶん、それだけだろうな。
 ウォルターの口元が力ない笑みに緩む。
 なんとなくアンディの反応が想像できてしまう。チラッと見て、そのまま何も言わず、また顔を膝に埋めて、ぐーっと寝てしまう。それだけ。
 部屋は一応何かあったら危ないからと、ふたりで一部屋をとっているけれども、ベッドにはふたり寝られるだけの広さがじゅうぶんにある。
 だから、一緒に眠ればいいのだ。自分だっているんだし、シャルルだって。
 そのシャルルは、これも慣れたもので、アンディが体にくっつけるようにして横に立てておいたカバンの上で休んでいる。何かあったら一番に騒いで知らせるだろう、そのはずだ。
 そう、もうちょっと信用すればいいのだ、仲間を。
 ……というより、アンディは何も考えていないだけなのだろうけど。これが『いつも』で、アンディにはそれしかないのだ。
「うーん……」
 扉をしめた部屋の入り口でぼんやりと突っ立っていたウォルターは、ぽりぽりと後ろ頭をかき、もう一度ベッドとアンディを見比べる。そして、ずるずると棺を引きずりながらベッドに近付き、いつでも取れるようにと鎖を枕元に乗せる形で足元に置いて、いったんそこを離れる。そして、うずくまっているアンディに近付いて、ぐいっと脇をつかんで持ち上げ、肩に担ぎあげる。
「あ……おい」
 もう片方の手でカバンをつかむと、飛びあがったシャルルが慌てた声を上げる。
 それを据わった目でじっと見て黙らせて、踵を返してベッドに向かう。すでに寝入っているのか、または驚き故か、それとも別の何かか。担いだ体は暴れることもなく、おとなしい。
 ベッドまで抱えていって、ドサリとその上に投げ出す。軽くはずんだ体を横向きにして壁際に押しやり、カバンをベッドの側に置いて、自分も背中でアンディの逃げ道をふさぐようにしてベッドに横になる。


作品名:真夜中の攻防 作家名:野村弥広