真夜中の攻防
「……」
背中に視線が突き刺さる。
バサバサ……と飛んできたシャルルがベッドの柵にとまり、頭にも視線を感じる。
「……ウォルター、おまえ……」
背後から限りなく低められた声がぼそっと吐き出される。
空気がものすごく悪い。どんよりだ。
参ったな、と今さら自分のしたことの大胆さに気付き、ウォルターはごっくんと唾をのむ。
でも本当に今さらだ。
まあ、アンディが怒るのも無理はない。せめて声をかけるべきだったか。でも絶対拒否するだろうし。なんとしてもベッドで寝かせたかった。いや、自分だけベッドで寝られるかとか、そういう問題ではなく。
振り向かず、背中を向けたままで、やけのように壁をにらみ、背後に向けて怒ったように言う。
「アンディ、寝ろよ。体のばして寝ないと疲れが取れねぇぞ。俺はあんまし寝ないから、心配すんなって」
強く言い切る。だからしっかり寝ろ、と。
「……」
戸惑ったような沈黙の後、はーあ……というものすごく大きなため息が背後から聞こえ、ビクリとする。
いや自分でもどうかとは思ったけど。
「気持ち悪い……」
ぼそっと、しかしはっきりと出された言葉を聞いては。
「ええっ!?」
ぎょっとして跳ね起きてアンディのほうを見る。
ウォルターがベッドに寝かせた時の横向きの状態のまま、首だけ動かしてアンディがウォルターを見上げる。むすっとして。
「ウォルター、気持ち悪い」
「なんで!? 気持ち悪いって何? っていうか、俺の思いやりだぞ、アンディ!!」
「だから気持ち悪い」
「はっきり言いやがった!!」
涙目でわめく。本当にコイツどうしてくれようかと思う。人の思いやりを『気持ち悪い』とか。それをこうもはっきり言うとか。っていうか、俺に対してヒドくない?
不満げな顔で動かずにジトッとウォルターをにらんでいたアンディは、やがてゆっくりと首を戻すと、枕に頭を押し付け、目を閉じ、ギュッと眉根を寄せた苦しげな表情で言った。
「人の体温が気持ち悪いんだよ。一緒に寝るとかムリ」
ウォルターはきょとんとして、『ああ』と納得する。
そういえば、こんなに密着して寝ることはなかったか、と。
背中にくっついて眠るわけだから。慣れていないとキツイだろう。違和感を覚えるのも無理はない。
こどもの頃からベタベタと人とくっつく……人と接触する……経験をしてきたウォルターと違い、アンディにはそれは辛いのかもしれない。かといって、それならとすんなり他人と接触することを諦めてしまうのも、アンディにとっていいことではないだろう。というか、寂しいことだ。だから、ウォルターは『はい、そうですか』とすんなりベッドから降りる気にはならなかった。アンディがとりあえずベッドで寝ることに抵抗はないようだから、と。
アンディの頭に手を置き、ニッと笑って言う。
「まあまあ、寝ちまえばわかんなくなるって。アンディ、眠いんじゃねぇの? そのまま寝ちまえば?」
ウォルターの手を振り払い、アンディが不機嫌そうに言う。
「寝られないよ。ふたりで寝るならボクは降りる」
ベッドから降りようと起き上がるアンディの手をウォルターは慌ててつかんで止めた。
「まぁ待てって。俺ひとりベッドってのもアレだろ?」
「別にいいよ。それより一緒に寝るほうが嫌だ」
つかまれた手をまた振り払い、本当に嫌そうに目を細めて言う。
ウォルターは少しムッとして、わざと意地悪く返した。脅すような低い声で。
「体のばして寝ねぇと大きくなれねぇぞ」
「……。どうしてもって言うんなら、ウォルター降りれば?」
「え?」
むすっとして吐き出された言葉に、ウォルターは目を見開いて、笑みを凍りつかせる。
アンディは眠いのをこらえている様子でうつむいて、でも目だけはしっかりと上げてウォルターを見据え、当然のことというようにあっさりと言う。
「ウォルターが降りればいいじゃん。ボクが駄目なら」
「え? 何それ? それ、俺はどこで寝れば?」
衝撃が過ぎて顔の強張りはとけたが、あまりのことに笑みが引きつる。
おいおい、どうしてそうなるんだ。ってか、なんて自己中発言。
アンディは平然と言った。
「どこでもいいよ。……そうだ、棺の上とかどう?」
「おい……」
「いっそ中身全部出して、その中で眠ればいいじゃん。静かになるし」
「ひどいぞ、アンディ!!」
がっしと両肩をつかんで顔を近付けて怒鳴る。
いくらなんでもひどすぎる。ってか、『静かになる』ってのは間違いなくアンディにとって。つまり、今まで『うるさい』って思われてたってことか……と、またショックを受ける。大ダメージだ。ここまでくるともう泣けてくる。
……っていうか、棺の中で寝るなんて……。
「俺は吸血鬼じゃねぇ! ってか永眠じゃん、それ!! おまえ、俺に死んでほしいの?」
「うるさい」
アンディはむすっとしてぼそっと吐く。
ウォルターの脳内でプチッと何かが切れる音がした。
この野郎……。
ウォルターはわざと声を低く小さくして、怒りをこらえて静かに言った。
「……悪かったな、うるさくてよ……。でも、もう退けねぇよ。こうなったら、意地でもおまえと寝てやるからな」
「え? なに、その嫌がらせ。っていうか、ウォルター、性格悪い……」
急に陰気になったウォルターに、アンディが呆気にとられて後ろに下がろうとした。それを、肩をつかんでいた手をぐいっと引き寄せる。そしてそのままベッドに倒れこむ動きを利用して、投げ込むようにアンディも倒れさせた。
どさっ。
がばっと起き上がろうとする体にがっしと両腕を回し、ベッドに押さえつける。