しーど まぐのりあ6
カチャリと音がして、扉の鍵が開いた。今時分、誰だろうと思ったら、宵闇色の髪の人が毛布を片手に立っていた。
「やっぱり、そうじゃないかと思った。」
「アスラン様。」
「様はいらないよ、マイスウィートハニー。俺のことはアスランと呼び捨ててくれ。」
ふぁさりと毛布がキラにかけられる。冷えているよ、とアスランはキラの両手を自分の両手で包み込む。それから、毛布ごと抱きしめられるに至って、これは仕事を催促されてるかな? と思った。
「アスラン様、僕、薬がないと、あまり上手にお相手ができませんが・・・・」
「様も薬もいらない。俺の気持ちが、キラに届いたら、薬なんてなくても気持ちよくしてあげられるからね。今はいいから、眠って。・・・・・狭いか、このままじゃ。」
ゆったりとしたソファではあるが、それでも二人同時に横になるのは無理だ。抱きしめたままというのも、体勢的にキラが辛い。アスラン自身がソファから降りて、毛布でぐるぐる巻きにしたキラを横にする。床に腰を下ろせば、目線はちょうどいい感じに合わさった。
「ゆっくり眠って、キラ。俺がきみの眠りを見守ってあげる。」
そのほうが緊張して眠れないんだけど、と、キラは困惑気味に、アスランを見上げる。だいたい最初から、この宵闇色の髪の人は、自分によくわからない言葉を囁き続けているような気がする。自分が男だとわかっているだろうに、伴侶になってくれ、と言うのだ。そんなこと、どこの国でも認められない。宗教上の問題を無視したとしても、この人が、この街の施政者であるのなら跡継ぎは必要なはずだ。
「アスラン様・・僕、男なんですけど? 」
「知ってるよ、マイスウィートハニー。今度、様をつけたらお仕置きするからね。覚悟して。」
「あの、差し出がましいことを申し上げますけど、跡継ぎが必要ではありませんか? 僕は伴侶には不向きだと思います。」
キラの意見に、アスランは暗闇の中で笑った雰囲気が届いた。なんだ。そんなことか、と笑っている。
「俺というか、この街のものは跡継ぎなんていらないんだ。後から後から、亡国のものは辿り着く。もし、俺が年を取り始めたら、また新しい亡国のものが、その仕事を引き継ぐだけなんだ。だから、俺はキラと逢えて、大変幸運だったと思ってるよ。きみなら、どんなに愛しても子供はできないからね。」
ラクスの説明には、このことはなかったかな、とアスランが説明を始める。もし、この街で恋をして、子供ができたら、そのふたりは、この街から出て行かなければ成らない。新しい生命を育てるには、この停滞した街では難しいし、何より、誰かを愛して子供が出来るということは、もう国の呪縛から外れたとも言えるからだ。追放というわけではないが、そうなったら、絶対に戻っては来なくなる。
「でも、俺は、この街の子供という特殊な人間なんで、できるかぎり、この街で暮らしたいんだ。親父もいるし、友人もいる。だから、キラが伴侶になってくれると、万事上手くいくように思う。」
ちゅっと、キラの額に暖かいものが触れる。さんざんに囁かれている言葉だが、やはり、キラの心には響いてこない。
「ゆっくりでいい。ゆっくりと、俺を好きになって、キラ。」
「・・・ごめんなさい・・・」
「謝らなくてもいい。俺は最大限、きみを想ってみるからさ。それが少しでも通じてくれることを祈ってる。」
生きる気持ちが希薄になっているキラには、なかなか心は届かない。だが、諦めたら、そこまでだとアスランは知っているから、ずっと囁き続ける。キラが眠って、耳元の声が聞こえないほど深く眠っても、アスランはずっと、キラの傍にいた。
翌朝、カガリは目覚めてから、離れを窓から抜け出し、隠していた小さなかばんを手にして、母屋を訪れた。バタバタと、この屋敷の主人たちを探す。もちろん、大声で、「銀髪野郎、金髪野郎」 と叫びつつである。
「誰だ? 朝っぱらから煩いやつは。」
走りすぎた扉が開いて、カガリは急停止した。ぼさぼさと寝起きの髪を掻き揚げている金髪のほうが目に入る。
「銀髪のやつもいるか? 」
「いるけどさ。おまえ、朝から元気だなあ。」
まあ、入れというディアッカに、カガリも部屋に入る。まだ寝起きで、バスローブ姿のイザークがソファに座っていた。
「用件はなんだ? 」
「担保ならある。これで、キラは解放しろっっ。」
かばんを引っくり返すと、そこからは、いろいろな宝石がついた宝飾品が転がり出た。へぇーとディアッカは面白そうに、イザークの言葉を待っている。確かに、これだけあれば、キラに用立てた金額は簡単に補える。しかし、イザークは、そのうちの古風な髪飾りだけを取り上げた。ヤマト王家の紋章が入っている、それだけは、これから、このオーブの皇女が国に帰った場合、問題となる代物だった。
「これは担保に預かる。だが、キラはダメだ。」
「それでは話が違う。おまえが、担保を出せば、金は貸してやると言ったんだ。」
「貸すのは、おまえの汽車賃だ。キラに用立てたほうじゃない。それに、この指輪と首飾りがなければ、おまえ自身、どうやって、オーブの王宮に入るつもりだ? 下々のものまでが、おまえの顔を覚えているわけじゃない。」
本当は、髪飾りだけで十分だったが、それは敢て、イザークは伏せた。オーブの国王が、キラをどう扱うかは、すでに答えが出ている。しかし、この真っ直ぐな皇女は理解できないだろうからだ。それに、今のキラには汽車の移動なんてできるはずがない。
「おまえが戻って、キラの借金をどうにかすることだ。ただし、おまえが即位するまでに、自らで稼いだものでなければ、俺は受け付けん。それが溜まった頃を見計らって、俺から連絡してやる。それまで、キラは丁重に客人として扱うことを約束しよう。それでいいだろう。」
「鎖は外せ。今すぐに。」
「いいだろう。そろそろ、キラも起きているか? 」
「先に飯を食っちゃわない? イザーク。どうせ、切符の手配とか、いろいろ手間がかかるから、動き出したら、ゆっくりと飯は食えないぜ。そこの皇女様も一緒にな。」
さりげなくディアッカが急行するのは止めた。たぶん、今頃、朝の入浴だとか、朝の食事だとかで、キラはアスランとラクス、さらに鷹によって、いろいろとやられている最中のはずだからだ。そんな場面を見せたら、オーブの皇女が発狂しかねない。ラクスや鷹は、新しい住人であるキラをからかって遊びたくてしようがない状態だ。
「それもそうだな。オーブの皇女、とりあえず食事をしよう。キラは、あちらで用意されているはずだ。・・それから、ディアッカ、鷹に仕事だと言っておいてくれ。」
「了解。」
「鷹の傭兵としての知名度が、如何に高いかを、この際、見極めてやると言っておけ。」
それから、カガリのオーブ皇女の位を証明する指輪と首飾りも取り上げた。後は、かばんに収めろと命じる。
作品名:しーど まぐのりあ6 作家名:篠義