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【技術畑】カブリオ【ほんのり腐向け】

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 日本から遠く離れたイタリアで、なんとも初々しい様子で青年が路地を進む。
 Tシャツに穿き潰す寸前のカーゴパンツ、足元はスニーカー。観光客と思われる恰好でありながらも、その腕に抱えるもののほとんどが生活用品だった。

「あとは買い忘れたやつないよな……」

 あれとこれとあれと、と正一は頭の中のメモと両手に抱えた買い物袋を照らし合わせた。
 本来ならば自分の足で街に出て買い物する必要はない。
 正一の今の立場ならば、部下に一声掛ければ自分が動かずとも彼等が必要なものを揃えてくれた。
 だがそれだけの立場というのは、箱庭の仕事場から一歩外に出れば命を狙われかねないものだった。
 自分が動けば命を狙われかねないからこそ、周りが動くことによってそれを未然に防いでいる。
 正一はそういった前提を知りながらも一人で街を散策していた。
 一人で街を見て歩きたい、と基地にいる部下達に告げたところ、当然のように猛反対された。
 必要なものがあればこちらで用意します、という声も勿論上がった。
 しかし正一は自分の目で足で体全体で、イタリアの街を味わってみたかったのだ。
 そう言えば部下達は「せめて護衛を付けてください」と彼等なりの譲歩をみせた。
 思わずその場で顔を顰めなかったことを、正一は自画自賛したくなった。
 護衛を付けて観光など、堪ったもんじゃない。堅苦しい部下達を引き連れ街を歩いたのでは、自由に行きたいところにも行けないではないか。
 この地に赴任したのも仕事の一環であり、自分が請け負う仕事の内容を考えればとても観光などしている余裕はない。部下達の言う通り、彼等に指示を出して用意してもらった方が時間の短縮になる。
 正一にはやり遂げなければならない指名がある。その責任は常に双肩に重くのしかかり、息苦しさを通り越して圧死してしまいそうだった。
「ジャポネーゼは真面目過ぎて、一緒にいるこっちまで肩凝っちゃうよ」
 というのは正一の上司である白蘭の言だった。
 別に上司のからかい混じりのその言葉に触発された訳ではないが、たまには圧死してしまいそうな責任感から逃避してみてもいいか、と思った。
 その逃避に部下が付いて来たのでは全く意味がない。責任感を連れ立ったままの観光が現実逃避になる程、正一は器用に割り切れる人間でも、都合の悪いものを都合よく視界から排除出来る人間でもなかった。
 白蘭はこういったことを易々とやってのけるのだろうが、本当に自分と彼は違うものだと再認識する。
 普段から強く物を言わない正一が強く主張したせいだろうか。根気強く部下達を説得した結果、条件付きでありながらも何とか正一一人で街を散策出来ることになったのだ。
 ちら、と左腕に付けたシンプルなデザインながらも高機能な腕時計で時刻を確認する。
 この腕時計は時計機能の方がおまけといっていいようなものだ。GPS機能も搭載しているため、基地から正一がどこにいるのか確認出来る。そのうえ通信機能も兼ね備えている。
 正一もこの機器の開発に携わったが、まさか自分で自分の首を締めることになるとは思わなかった。
 部下達から緊急時以外は通信が入らないようにしているものの、宇宙からの目はどこまでも正一を追いかけてくる。
 だがこれくらいは我慢しなければならないだろう。万が一の事態というのを常に想定して動かねばならない立場であると、正一自身がよく理解していた。
 先程確認した時刻から、条件の一つである門限まで、あと二時間半。
 あまり遠くには行けないだろう。だからといって折角もぎ取った仮初の自由をこのまま終わらせたくはない。
 どこか観光でも、とちらと思ったもののこの周辺に観光名所らしいところはない。商業都市なのだ。そのおかげであらかたの日用品は買い揃えられたし、嗜好品や日本にいては買えないような物も手に入れた。
 正一が両手に抱えるのは今日の戦利品である。正一はそれ程物欲があるタイプではないが、たまには盛大に買い物をしてみるのも気持ちいいものだ。
 普段基地どころか自分の研究室からもろくに出ない為、給料だけはそう簡単に使い切れないほど残っている。給料と研究資金は別物であったし、トップ直々の命を受けての研究であったから研究資金も潤沢だ。金の心配をせずに買い物をするなんて、実は人生初なのではないだろうか。
 その有り余る金を浪費し物欲は満たされたものの、微かに物足りなさが残る。手元に残る形あるものがあるにも関わらず、まだ物足りない。
 けれども残された二時間半で埋まらない物足りなさをどうにかすることは不可能だ。

「ローマ、とか……無理だよなあ」

 イタリアといえば有名な街が多い。
 正一がいる街から一番近い観光都市はローマであった。イタリアの首都であり、政治、文化、宗教の中心地。
 有名過ぎて捻くれ者ほど訪れようとはしないが、さすがの正一もそこまで捩曲がった根性は持ち合わせていなかった。
 世間一般の人と同じようにかの地を踏んでみたい、と多少は思っていたのだ。
 もう一度腕時計を確認する。先に確認した時よりさほど時間は経っていなかった。

(特急使えば間に合うか? いやでも行くだけ行って、帰ってくる分の時間が足りなくなっちゃうな……)

 両手が荷物で塞がっていなければがしがしと頭を掻いていたところだった。
 そういえば手も疲れてきた。スペイン広場の階段でジェラートを食べる、そんな休日は無理でも、少しは観光気分を味わってみたい。
 荷物を置いて座れるところ――すぐに思い浮かんだのはカフェだった。
 残りの時間をインスタントではないコーヒーを飲みながらぼんやり過ごすのもいいかもしれない。
 そう思って辺りをきょろきょろと見回していると、聞き覚えのある声が正一の耳に届いた。

「ショーイチー!!」

 片言ながらもその声は確かに正一の名を呼んでいる。観光地で日本人が多いなら他人の名前かも、と思えるがこの場では正一以外に日本人はいないだろう。
 音源を見つけようと注意深く辺りを見る。すると反対側の車線から誰かが手を振っている。

「ショーイチー! こっち、こっち!」

 名前は片言なのに、こちらに呼ぶ言葉はなかなかに流暢であった。街のど真ん中で異国語を叫ぶ青年の姿はかなり目立つ。

「……スパナ?」

 路上駐車の列に混じって停められた青いマイクロカー。
 金髪の青年はその車から身を乗り出していた。
 正一はこちらに停められた路上駐車の波を縫うようにして向こう側の車線へと移る。
 近付いてみると、そこにいたのはそれなりに見慣れたツナギ姿の青年だった。
 ただし見慣れないものが青年の瞳を覆っている。サングラスだ。サングラスは掛けたままである。ツナギにサングラスというのは、何ともアンバランスだ。
 一応同じ組織に属しているものの、逐一誰が何処にいるかなど把握していない。何故スパナがここにいるのだろうか。
 彼は確か本部でモスカの改造に取り組んでいたのではなかったか。
 正一は僅かな隙間にすっぽりと埋まるようにして停められたマイクロカーに駆け寄った。