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【技術畑】カブリオ【ほんのり腐向け】

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 青いマイクロカーと隣の車の間には余裕がない。スパナは身体が通るか通らないかくらいの分だけドアを開けると、器用に車から降りた。

「スパナ、どうしてここに?」
「正一が買い物に出た、っていうから迎えに来た」
「そうなんだけどそうじゃなくて……君、確か本部勤めだろ?」

 正一が配属された基地は支部であり、研究機関としての意味合いが強い。
 スパナは本部でモスカの開発に携わっているはずだ。研究と開発ではやっていることが違う。そんな彼が何故文字通り場違いなこの街にいるのだろう。
 正一の疑問にスパナは「ああ」と意を汲み取った言葉を返す。

「部品の配達と資料を受け取りに。書類にサインも欲しかったんだけど、正一いなかったから」

 どうやら仕事でこちらまで来たらしい。迎えに来たというのも書類にサインが欲しいからだろう。
 思いがけないながらも迎えが来てしまったのだから、このまま帰るべきなのだろう。
 自由時間が残っているとはいえ特にこれといってやり残したこともない。
 少し惜しいような気もしたが、正一は素直にスパナに頷いてみせた。

「分かった。じゃあ帰ろうか」
「え?」
「え、って、迎えに来たんだろ?」

 スパナがきょとんと表情をなくし、正一はクエスチョンマークを浮かべた。
 サングラスの奥では、スパナの瞳が丸くなっているのかもしれない。
 何だか会話が噛み合っていないような気がする。
 正一もスパナも、人と接するより機械や数字、データといった命なきものと接している時間の方が長い。そのため、人付合いというか他者との会話が得意ではなかった。
 他人と意志の疎通を図る機会が少ないせいか、こちらの意図を伝え切れなかったり、逆に相手の意図を汲み取りにくかったりするのだ。
 こういった人間が会話する場合、一から順を追って丁寧に言葉をやり取りしなければならない。
 スパナも同じことを思ったようで、互いに口を開くタイミングを探していた。
 その切り口を先に見つけたのはスパナだった。

「確かにウチは正一を迎えに来たけど、正一、まだ時間あるんでしょ?」
「うん、あと二時間ちょっと」
「なら勿体ない」
「勿体ない、って」
「せっかく外に出たんだから、この機会に光合成しておくべき」

 今度は正一がぽかんと間抜け面を晒す番だった。
 呆然とする正一とは対称的に、スパナはうんうんと頷いている。
 当たり前だが正一は植物ではないので光合成の必要はない。
 スパナが日本語を覚え間違えたのだろうか。もし誤認していたのだとしたら、元の単語は一体何なのだろう。正一には見当がつかない。

「スパナ、光合成って……なに? 僕は日に当たったって酸素は合成しないよ」
「えーっと、あれだ」
「あれ?」
「ひなたぼっこ」

 ああ、とやっと正一は合点いった。確かに少し考えれば小洒落た言い回しだと気付いただろう。
 何しろ新しい支部に配属されてからというもの、研究室の体制を早く整えねばと篭り切りだったし、準備が終わったその日にすぐ研究を再開した。
 一息吐こうとも思わずにイタリアに来たその日から動き回ってきたのだ。活動は基地の構造上地下が多かったから、日光に当たる機会などない。
 太陽光は体内のリズムを整えるのに一役買うというから、この機会に彼の言う「光合成」を行ってもいいかもしれない。
 正一と同じように、物事に没頭すると他のことはなりふり構っていられなくなるスパナだからこその発言だった。
 彼の言うとおり、こういう機会でもないと外で日の光に当たることはないだろう。

「なら二時間外でぼんやりするのかい?」

 正一が部下と取り決めた門限まであと二時間。観光するには物足りない時間だが、だからといって日光浴をするには長すぎる時間だ。
 正一が少し笑い混じりに尋ねれば、スパナは腕を組んで悩み始めた。サングラスの縁に隠れているが眉間にも皴が寄っていそうだ。

「それも勿体ないから、ドライブがてらっていうのはどう?」

 さも妙案、というようにスパナは後ろにあった青いマイクロカーを軽く叩いた。
 日本ではあまり見ない型の車である。
 二人乗りのコンパクトカーは後ろに荷物も積めるようなので、正一が抱える荷物はそこに積めばいいだろう。それでもマイクロカーに大の男が二人乗り、と字にするといかにも狭そうだ。
 見慣れない車に乗ってみたい気持ちは確かにある。
 おもちゃのようなそのフォルムは遊び心があって、いかにもスパナが好みそうな気がした。
 所々に傷があったりへこみがあったりと、まるきり新車という訳でもないらしい。配給されたばかりの車ならばこう傷はついていまい。車に傷があるということは、この青いマイクロカーはスパナの所有物であり、その証明は同時に、スパナの運転技術も決して上手いとは言い難いことも証明していた。
 結局正一は、居心地の悪さよりも好奇心を優先することにした。

「今までずっと歩きっぱなしだったから、車で街を見て回れるなら助かるな。お願いしてもいいかい?」
「ん、安全運転だから任せとけ」
「それは心強いよ」

 ボディについた傷は名誉の負傷かい、とはさすがに聞けず、正一は苦笑で疑問を誤魔化した。
 じゃあ荷物はこっち、とスパナが手招いたのは車の後部だった。歩道ぎりぎりまで寄せられた車に、正一は後ろが開くのかと一瞬不安になった。
 しかし正一の不安を他所にトランクはあっさりと開いてみせた。
 その辺を走っている車よりもより小さいスパナの愛車は、玩具の車がそのまま大きくなったようなフォルムをしている。
 そんな車のトランクの開け方も、本当に玩具を弄るかのようだった。
 真ん中の取っ手をスパナが軽く引っ張ったかと思うと、扉は上下に開いた。
 普通の車のトランクは、開ける際に大きく扉自体が持ち上がる。
 正一は実際にスパナが車のトランクを開けて見せるまで、このマイクロカーも扉が上に上がるタイプだと思っていた。
 だから歩道ぎりぎりまで寄せて停められた車のトランクが空くのかと心配したのだが、杞憂に終わったらしい。
 扉の上半分は普通の車と同じように上に上がり、扉の下部は下に引っ張り出されるような形になる。
 上下の扉はそれぞれ高さがないから、狭いところでも後ろのスペースを気にせずに開閉可能な造りになっているのだ。
 形からして日本では見慣れない車だが、見慣れないのは形だけではなったらしい。機能面でも日本車にはない機能を持っている車だった。

「正一、載せないのか?」

 トランクを開けたスパナが尋ねる。
 車の造りに感心しすぎて、トランクを開けてもらった目的を忘れるところだった。ああ、とか、うう、とか返事ともいえない声を出して、正一は荷物をトランクに載せる。
 半ば反射的に荷物を載せただけで、正一自身の意識は車に向きっぱなしだった。
 ぱたん、と閉まったのか閉まっていないのか分からない、少し心許ない音を立ててトランクが閉まる。

「ずいぶん変わった車だよね」

 正一が心からの感心を込めて言うと、スパナはちょっとサングラスの奥で目を輝かせた。