【技術畑】カブリオ【ほんのり腐向け】
むっすりとした顔のまま、正一は誰に向けるでもなく内心を言い訳で埋め尽くす。
そりゃあ夢見る女の子でもあるまいし、いい年した男がスペイン広場でジェラートって若干どころかかなり寒いような気もするけどさぁ。
ぶつぶつぶつと正一の内心は開き直り半分の言い訳で埋め尽くされていく。これで車のシートに身体が拘束されていなければ膝でも抱えてしまったかもしれない。
「あのさあ、正一――全部口に出てるよ」
俯き加減だった顔を上げて、正一は口元を覆った。こちらの目は驚きで丸くなっているが、指摘したスパナの方まではサングラスに遮られて窺い知れない。
罵詈雑言とはいかなくてもそれなりに口悪く言い訳していた内心のまま、正一は今度こそはっきりと意識を保ったまま自ら口を開いた。
「だいたいなんだよ、そのサングラス。似合っちゃいないし大きすぎる。ツナギにサングラスがイタリアでは流行の最先端なのかい?」
いきなり話が自分の掛けているサングラスの話題に飛んで、スパナはちょっとびっくりしたようだった。
正一自身も話の脈絡のなさに目の前に白蘭がいたら確実にからかいの材料にされているな、と溜息を吐きたい気分だった。
一度発した発言を取り消すことなど出来るはずもなく、後悔したところで何かが変わる訳でもない。自己嫌悪で顔を歪めるだけだ。
自分の態度を反省して、一刻も早く冷静になること。それが正一が今まさにやるべきことだ。
「……ごめん、落ち着いたからもう大丈夫」
「何か久々に正一の逆ギレ聞いた」
一方的に罵られたにも関わらず、スパナはどこか嬉しそうだ。
それが正一の申し訳なさに拍車を掛けて、もう一度「ごめん」と謝罪を繰り返す。
「サングラスは似合う似合わないというより、紫外線に弱いから」
ああ、目の前にいるのは自分よりも遥かに色素の薄い人種だった。
メラニン色素が少ない彼らは日光に弱い。それでも日に当たらなければ必要なビタミンも体内で合成されないものだから、日光を厭う身体なのにメラニン色素を有する人間より長時間日の光を浴びなければならない。
正一はスパナの言った「光合成」の話が、この時すとんと綺麗に胸中に落ちてした。ビタミンを作るための「光合成」。
そう考えると本来の意味にもしっくりと当て嵌まり、決して言葉遊びが目的でスパナが用いた訳ではないのだと納得出来る。
実用性重視なのだから、当然ファッション性など無視しているのだろう。ツナギにサングラスが似合わないのは当たり前だ、スパナはそういった目的でサングラスを身に着けているのではない。
「そのジェラートの店に着いたら、さ」
正一が窓の外に視線を移しながら続ける。
「公園かどこか、外で食べようよ」
「スペイン広場じゃないけど、いいの?」
スパナがからかい混じりに言う。からん、とスパナの咥えた飴が彼の歯に当たったらしい音がする。
「スペイン広場はもう忘れてくれ!」
むきになって返せばますます相手が調子に乗るとは分かっていても、ついつい声を荒げてしまう。
サイドミラーに少しばかり映り込んだ正一の顔は真っ赤だった。
「光合成が目的だったのにこのまま車の中にいたら、ろくに日の光も浴びられないよ。僕はともかく、君はこの機会に日光浴しておくべきだ」
正一は有色人種であるから、日常生活で浴びる程度の日光で十分ビタミンを合成出来る。しかしスパナの場合はそうもいくまい。この機会に光合成をすべきなのは、正一ではなくスパナの方だ。
「正一、それウチの台詞」
ハンドルを握ったままスパナの顔が不満そうに歪む。
さっきまで散々からかわれてきたので、その顔に正一は少し胸がすく思いだった。
窓の外には赤土とワイン畑が続いている。隣町が見えてくるのは大分先だろう。
作品名:【技術畑】カブリオ【ほんのり腐向け】 作家名:てい