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【技術畑】カブリオ【ほんのり腐向け】

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 車が動き出してからしばらく経つ。ある程度時間が経ってくると、羞恥に身悶えているのも馬鹿らしくなってくる。最後に溜息を一つ吐いて、いっそのことと正一は開き直ることにした。

「ねえ、スパナ」
「んー?」
「イタリアじゃあ、あんな車の出し方が普通なの?」
「あんな?」
「隣の車にぶつけながら出るの」
「ああ、うん。割と」

 スパナがさらりと答える。
 ぶつけたこと自体にスパナが罪悪感を抱いている様子はない。するとやはり、あれはイタリアでは許される行為なのだろう。
 羞恥が薄れて開き直ったように、日本との違いもこうやって慣れていくしかないのだろうか。これで最後、と決めたはずの溜息がまた出そうになって、正一は慌てて口を閉じた。
 ただでさえ傷だらけだった車は更に傷付いているに違いない。そして同時に、あんな出庫の仕方だから、新車であるにも関わらずここまで傷だらけなのかと納得する。
 正一の口から、溜息の次に零れたのは乾いた笑いだった。自分の定規では測れないことを考えるのはここで止めようと思った。

「正一」
「何?」
「何処か行きたいところは?」
「特に……誘われた身だからルートはスパナに任せるよ」

 ちら、と運転席のスパナを見ると、彼は少し困ったように口を曲げた。咥えられたキャンディの棒が小さく上下に動く。

「この街、本当に何もないからドライブだけで終わるかも」

 スパナの声音は少し気まずげだ。
 この街に何もないことは正一自身も分かっていたし、そのことを踏まえた上で光合成も兼ねたドライブに乗ったのだ。だから正一はなるべく軽い調子で、特に気にしていないと前置きした。

「街を見て回りたかったんだけど、徒歩じゃ行ける範囲なんて限られてくるだろ? それに普段動かないもんだから、基礎体力なくてすぐにへばるのがオチだし。スパナが車回してくれて助かったよ」

 それに変わった車にも乗れたしね、と正一は笑い混じりに言って言葉を締めた。

「どれくらいの時間ブラブラしてたの?」
「んー…二時間ちょっと、くらい?」
「じゃあ街の中心部くらいしか見てないんだ」
「他にどこ見て良いのか分からなかったしね。電車やバスを使おうかと思ったけど、あまり遠くにはいけないから、徒歩でぶらぶら街を見て回ることにしたんだ」
「何か面白いものでも見つけた?」
「面白いっていうか……初めてのところだから歩き回っているだけでも大分楽しめた」
「そういうモン?」
「そういうものなの」

 一度口を開いてしまえば、会話は途切れることなく、静かに、そして心地良く続いていった。
 何かとやっていることや生活習慣が似通っているせいか、互いの会話のテンポも丁度良い。急速過ぎず、緩慢過ぎず。それにかたかたと揺れる車体の音と相俟って、少しだけ正一の意識を現実と切り離した。
 日光浴を兼ねた暇潰しというより、気の合う友人と遠出のドライブをしている気分だ。腕にはしっかりGPS付きの時計が鈍く光っているし、緩く世間話をしていても、自分も、恐らくスパナも頭の片隅で自分の研究のことを考えている。
 スパナはモスカのことだろうし、正一は世界のことで頭の一部は埋め尽くされているのだ。だからその分、残りの部分は目の前のことに意識を注ぐ。
 正一の頭の片隅は絶望の小箱に詰まった希望を掘り起こそうと必死だし、残りの大部分はスパナのモスカ開発秘話を聞かされて笑いに震えている。
 正一は久々に、「ああ、笑っているな」と酷く間抜けな自覚をした。ここまで声を出して笑ったのは久々だ。

「うん、人間っぽい」
「え? 正一何か言った?」
「何も」

 小さく呟いたつもりでも狭い車内では相手の耳に届くものらしい。
 研究のことを片隅に追いやって笑っている自分が、少しだけ可笑しいと思った。思わず零れた独り言が相手の耳に鮮明に届いていなくて良かった。
 すっと自然な静けさが車内を包む。会話が途切れたことに気まずさも不自然さもなかった。
 そういえば、と意識の外側に追いやっていた窓の外を見る。
 会話が始まったときは煉瓦造りの町並みが続いていたはずなのに、いつの間にか赤土の見える郊外に出ていた。
 先程から車が揺れる回数が増えたと思っていたが、街中よりも整備されていない道を走っているからだろう。
 スパナはこれといった目的地を目指して車を運転している訳ではない。郊外に出てきたのは偶然だろう。

「あ」

 車の揺れが僅かに大きくなる。そんなときにスパナが声を上げた。

「もう少しでワイン畑が見えてくる」

 サングラス越しの視界だというのに、スパナには先の景色が見えるのだろうか。あるいは土地勘があるようだから、その勘で現在地を割り出した上で言っているのかもしれない。

「適当なところで引き返さないと、隣町まで行くことになるけど……」
「基地に時間まで戻れるなら、隣町までの移動も大丈夫だろ」
「ん、分かった」

 スパナは短く了解の意を伝えた。
 スパナの言うとおり、程なくして赤土の中に緑眩しい箇所が見えてきた。正一は自分の目でワイン畑など見たことがなかったから、窓にくっつくようにして外の景色を追い掛ける。

「本当にテレビでやってるような風景なんだね。すごいな」

 日本にいた時には液晶の向こう側の景色だと思ってそれ程感心の持てなかったそれが、今正一の目の前に広がっている。本当に日本から離れたところに来たんだ、と妙に感慨深くなった。
 あまりにも熱心に正一が窓の外を見ていたからか、スパナが隣で小さく苦笑した。

「なんならちょっと降りてみる?」

 スパナの提案を受けて、正一は熱心に窓の外を見ていたのが急に気恥ずかしくなった。これではまるきり観光目的の旅行者だ。
 どれ程この地域に滞在するのかは分からないが、研究が一段楽するまで基地があるこの地域が生活圏になるのだ。
 これから住む土地を観光気分で見て回るのも程ほどにしないと。
 自責の念を込めて咳払い一つ。それでも年甲斐もなくはしゃいでしまった気恥ずかしさの方が大きかったが。
 浮かれていた気分を地に下ろす。ふわふわとした気分が急に引き締まった違和感に耐え切れず、正一は早口で返答した。

「いいよ、別に」

 早口の上に端的とは。これではへそを曲げた子供の物言いそのものだ。
 正一の内心を、人の機微に人一倍疎いスパナが気付くはずもない。それなのに彼は喉の奥でくつくつと笑いを噛み殺していた。
 その態度が気に食わなくて正一はじとりとスパナを睨みつけた。
 知るか勝手にしろ、と正一が窓の外にふいと視線を逸らすまで、スパナの噛み殺し切れていない笑いは続いた。

「そういえばさ」

 一頻り笑ったらしいスパナが、未だ震えが残る声で言葉を投げかけた。

「隣町にイタリア?1と名高いジェラート屋があるんだけど」

 イタリアといえばジェラートっしょ、と機嫌良さそうにスパナが言う。

「どうせ食べるならスペイン広場で食べてみたかったけどね」

 正一の声には棘が残っていて、スパナの言葉にも素直に喜べないでいた。
 けれども本音なんだし、イタリア=ジェラート=スペイン広場というのは、かの有名な映画を観た人間ならば誰でも思い描く絵じゃないか。