シード その後の日常
「おい、アスラン。僕の人権を著しく無視した行為だと思わない?」
「思わない。何、悩んでるか知らないけど、胃潰瘍になるぐらい辛いなら、ここは離れるほうがいい。なんなら、新オーブに連行してやってもいいんだぞ。」
「バカバカしい。なんで、きみに僕の居場所を決定されなきゃならないわけ? 僕は連合の所属でプラントなんか行けるわけないだろ? 」
「心配しなくてもラクスが手配した。二、三日中には新しいIDカードが届くはずだ。その件はラミアスさんとラクスの間で正式な書類も作成される。キラがラクスの手伝いに行くというような内容になると思う。」
「アスランっっ。」
「黙って横になってろっっ。おまえは本当に無茶が好きだよな? とことん身体壊さないと気が済まないのか? いい加減にしとかないと、いくらコーディネーターだって修復が効かなくなるんだぞ。」
「別に過労っていうのなら、きみだって忙しい時はなるだろ? 人のこと、子供みたいに扱うのはやめてよ。過保護すぎて息が詰まる。」
病人と喧嘩している俺って、気が短いのかもしれない。
「なあ、キラ、頼むから。」
「いやだよ。」
ぷいっと病人は窓のほうに顔を向けた。せっかく桜の季節だから、休暇を取ろうと思ったのに、なんでこうなるんだろう、と病人が呟いた。
「はあ?・・・キラ、それってさ。もしかして、月に出向くつもりでもしてたわけ?」
「月じゃなくて地球の極東に行ってみたいと思ったんだ。桜の原産地は、あそこだから。で、必死になってクリアーしてたんだけど、なぜか終わらないんだよねぇ。」
「そりゃ、おまえ、依頼される度に引き受けてたら際限はないだろう。」
「でもさ。急ぎだって言われて、僕ぐらいしか頼むところがない、と言われると断れないだろ? 」
「断れ。というか休暇明けにしてくれと言えないか? 」
「言えないよ。みんな、忙しくしてるのに・・・休みたいから無理とは言い辛い。」
「お人好し。」
「ほっといてよ、性分なんだ。」
「遠慮ばっかりしてるから胃を壊すんだと気付けない?」
「うるさい。休暇ならカガリのとこに顔を出せばいいだろ? きみたちさ、ちゃんと付き合ってるって言える? いつ会ってんの? 」
「こらこら問題を掏り替えない。お子様に心配していただかなくても、カガリとはちゃんと会ってるさ。おまえに会うよりは頻繁にな。おまえこそ、ちょっとはラクスと会ってやろうと思わないか? この前、ラクスといつ会った?」
会っていないはずだ。ラクスが愚痴っている相手はカガリで、その情報は筒抜けになっている。連合側にいるよりは、プラントのほうが顔は売れていない。そちらにいるほうが安全だと、みんなで再三再四に渡って説得したが、こいつは頑として首を縦に振らなかった。理由はなんとなくわかっている。裏切り者のフリーダムのパイロットが、プラントの歌姫のとなりに並ぶのは、ラクスに悪影響があると思っているせいだ。その程度でラクスが脅かされるような女性ではない。キラなんかよりすごいことをしているのは彼女のほうだ。最新鋭MSをキラに与えたのも、そうなら、その運用艦を奪って出奔したのも、そうなのだ。そう考えたら、謀反人のカップルとなるわけで、ちょうどいい取り合せかもしれない。
「ひとりで行くつもりだった?」
「・・・うん・・・」
「俺たち誘うという発想は?」
「みんな、忙しいと思ってたから。それに、ちょっと考え事をゆっくりしてみようかな、なんて、思ってて。・・・ようやく、考えられる余裕ができたような気がしてさ。だから、ゆっくりと考えてみようと。」
「これからのことか?」
「・・うん・・・僕自身、何をやればいいのか、全然わかんなかった。ちょっと真剣に方向ぐらいは決めたいなあ、と、考えてた。」
戦争停止の立役者の中で、政治に関わっていないのは、こいつだけだ。後は親が、代表だの首長だの、議員だのだったから必然的に、そんな仕事についている。別に、キラは学生に戻ってもいいと俺は思っていた。だが、自分だけ何もしないわけにはいかないと、アークエンジェルのメンバーと共に、地球の衛星軌道上にあるこじんまりした、このコロニーへ移ったのだ。
「・・・わかった。じゃあ、クスリの手配とかしてやるから一緒に極東に桜を見に行こう。ついでに新オーブで、おじさんとおばさんに顔も見せておこうなっっ、キラ。」
「また勝手なこと言ってるよ。過保護。」
「はんっっ、なら、おまえ、治療している間、ここで寝ている? そういう手配してやろうか? 俺だけ地球に降りてもいいんだぞ。」
「・・・降りたい。」
「はい、決定。とりあえず、二、三日はここ。それから地球。戻るのはプラント。以上、決定事項。」
「なら、僕がとうさんたちに会ってる間に、カガリのとこに顔を出してよ、アスラン。」
「わかってるよ。でも、俺もおじさんたちには会いたいから、とりあえず一緒に顔は出す。」
なんで、こうなるんだろう。結局、俺はこいつに振り回されて休暇を終えることになるのだ。まあ、それは仕方ない。たぶん、癖になっているんだと思うから。
作品名:シード その後の日常 作家名:篠義