この笑顔を忘れない
その笑顔を忘れてはいけない
タバコが湿気た。
「くそっ」
新しいタバコに変えるがどうも不味い。
おかしいなと思いつつ、作業の手を休めることはしない。
今から5分程前、俺はフラれた。
――好きだ。
「悪い。」
「…そうだよな。いや、悪かった。」
「惚れた奴がいる。」
「あぁ、分かってる。」
「そうか。」
「なぁ呑まねぇか?」
「・・・・・。」
「つまみ作ってやる待ってろ。」
自分が抱え続けた想いを単純な「好き」という言葉に乗せた。
相手もたった一言だったその言葉の重みに気付いてくれた。
それが唯一救いだった。
「気持ち悪い冗談はヤメろ。」
そんな返答でもきたら、結構キツかったはず。
俺はあの瞬間どんな顔をしたのか覚えていない。
滑稽な顔をしていた気がする。
だが、あいつの返事を聞いた瞬間、俺はいつものポーカーフェイスに戻ったはずだ。
フラれることは分かっていた。
好きな奴が居ることも分かっていた。
それでも、俺はもう抑えられなかった。
ずるい奴だと思う。
これ以上前だけを見続けるお前を見てるのが辛い。
気まずさからでもいいから見てほしい…こっちを。
そんな気持ちから伝えるつもりもなかった想いを告げたのだから。
でも、実際に言葉にしたときは余裕が無かった。
聞こえるはずの波音も、心臓の音すら聞こえない。
ただアイツが声を発しようと吸った息だけがやけに大きく聞こえて、
次の瞬間にすべての音が爆発したかのように音を取り戻した。
甲板にゾロを無理矢理待たせ、ラウンジに戻ると失笑が漏れる。
タバコを口に銜え、キッチンに立ちつまみの準備を始める。
洗ったばかりの手でタバコを持ち灰皿に灰を落とす。
なぜ普段はやらないミスをして、
なぜ一人でいたいのに呑みに誘ったのか、
なぜ泣きたいのに泣けないのか、
なぜ笑いたくもないのに笑うのか、
思えばこの時から
俺の心は体と徐々に離れていった。
その晩はゾロと静かに呑んで終わった。
あいつは少し気を使ったのか、俺の作ったつまみを珍しく素直に褒めた。