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日常

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バージルとダンテ


眩しい光の螺旋の中で溺れるような、極彩色の夢を見る。慌ただしく散る光の気泡に喉元を絞められてゆっくりと。綺麗で眩しい世界に取りとめはなく、何かにすがろうと伸ばした手が、何かに届く前に毎回目は覚めてしまう。今回の目ざめのきっかけになったのは事務所にある電話の音で、憂鬱な気分になりながら受話器をあげても大した依頼ではなかったからすぐに切った。溜息を吐こうが、舌打ちしようが現実は何も変わらず、虚しく響くだけというのがなんともすっきりしない気分にさせる。 今日も今日とて無意味な時間を過ごすために、いかがわしい雑誌でも開いてみるが、開いたところで二階から物音がして仕方なしにそれを閉じた。溜息の原因となる男のずいぶん遅い起床だった。

「ダンテ」

二階の扉が開かれ、空気の抜けるようなかすれた声でダンテは名前を呼ばれた。返事をしてやる義理はないと思っている。どうせ、返事を求めて呼ばれたわけではないのだから。包帯に覆われた男がまるで見えているのかのように階段を下りてきた。ぐるぐると頭の先から上半身を覆う白い白い包帯に隙間はなく眼すら見えていないにもかかわらず。けれどダンテはそんなことにもまるで興味がわかないかのような姿勢を崩さなかった。足は相変わらず机の上、顔の位置も変えなかったが目だけは男を追っている。ダンテは危なげない足取りを見て、彼が自分よりもはるかに人から遠ざかっているのではないかという疑念を抱かずには居られなかった。
一週間も前の話になる。レディから二人で、という条件付きのわりのいい仕事を紹介された時のこと。二人で、というだけあってそれはひどく手こずるたぐいのものであり、最後の悪魔との戦いはそれなりに大変なものだった。それでも負けはしなかった。だからこうしてここにいるのだが、共に行ったバージルは死んだのではないかと思うくらいの深手を負った。負ったのはダンテのせいでもなく悪魔のせいでもなく、ただバージルのせいだった。
悪魔にとどめをさすために囮になろうとしたのかそうではないのか、はたまたただ本当にとどめをさすつもりだったのか、長く言葉を語れない今はまだ分からないが、自分から蠢く棘の中へ飛び込み閻魔刀を狂ったように突き刺す姿はダンテをひどく不安にさせた。頭に血が上りやすいとは言いつつも、それでもはるかにダンテよりは冷静だと言えるバージルは、ダンテによって殺された悪魔の傍らで、上半身を穴だらけにされどこが顔だかわからないくらいに赤くまみれたまま、血だまりの中にぐしゃりと倒れた。駆けよっても血ばかりがこぼれてこぼれて、それでも動き続ける心音に安心したのだったか、ぞっとしたのだったか。
血まみれの体を引っ張って連れ帰り、手当てを施し三日目でバージルは潰れた喉で話し始めた。片目の視力はあるようだったが、それでも大事をとって一緒に包帯でまいた。五日目になっても片目の視力と潰れた声は戻らなかったが自分で包帯を巻くようになった。今日は七日目、あの件から一週間がたつ。

「まだ駄目なんだな」

どうやら口の辺りは元通りになったらしいバージルが、水を飲んで部屋へと戻ろうとする後ろ姿に語りかける。傷の癒え具合のことでも、痛みのことでも何でもなかった。或いは自分に言ったのかもしれない。バージルはそれを分かってかダンテの言葉に声をかえすことはなかった。痛みはあるだろうにそんなことを微塵に感じさせない足取りでバージルは自室へと消えていく。痛みなど、もしかしたらもう感じてすらいないのかもしれない。バージルの背を眺めながらもし、飛び込んでいったのが自分だったならと、ダンテは馬鹿げたことを妄想する。自分なら死んでいただろうか、死なずにバージルのように、ゆっくりとゆっくりと回復していったのだろうか。そんなことを考えると無性に剣を持って喉元を切り裂きたい気分になった。自分はそれでも生きていられるんだろうか、それとも死んで行くんだろうか。どこまですれば自分は死ぬのだろうか、死ぬことは出来るんだろうか、とか。

結局無意味な話だと溜息を吐き、たたんだ本を開いて顔に載せる。そのように一人残された後は、器用に椅子の上で体を丸めて極彩色の夢へと落ちていく。いつもの話だった。


作品名:日常 作家名:poco