【ゼルダの伝説】ワールドヴィネット
―――村から、平原へと繋がる道がある。
ほぼ一本道で、生い茂る木々や草にうずもれかけてはいるけれど、ときどき村の人間がミルクやチーズを外へと売りに行くときつかわれるので、完全にうずもれてしまうこともない、そんなさびれかけた道。
ほぼ一本道、というのは、この道は吊り橋を渡って精霊の泉を過ぎた辺りで道が二手に分かれているからだ。正しい道は、そこで左に曲がること。そのまま進めば、洞窟と深い森の奥にひともけものもけして侵してはならない神殿がそこにある。それこそ樹齢など推し量ることもできない、大樹にうずもれてしまいそうな神殿が。封じられているのは緑のちから。もう誰もそれを知ることはなかったけれども、そのちからに相応しく緑の豊かな、美しいところだった。だからこれを村の人間は森の神殿と、知らず懐かしい名前で呼ぶ。
そこへの道程は子供の足では少し遠かったけれども、ある時期になると格好いい虫が幹に張り付いていたり甘い実をたくさんつけたりする木があったりするので、村の子供達はよくこの森に親しんだ。時間を選べば滅多なことで魔物に鉢合わせすることがないし、例え鉢合わせしたとしても精霊の泉に逃げ込めば魔物は手出しができなかった。
けれども大人達はそれ以上踏み込むことを許してはくれなかった。
森の神殿は不可侵。彼らが子供の頃徹底的に教え込まれたものを、大人達は子供達にもよくよく言い聞かせていた。心得たもので、大人達はなにか恐ろしいものがそこにいるような言い方をする。そうすれば大抵の子供は傍にも寄りたがらないのを知っていた。
曰く、形のないばけものがそこにいて、人間を見つけると追いかけてくるのだとか。
曰く、むやみにけものを苛めて遊ぶような人間を捕まえて酷い目に合わせる男がいるのだとか。
曰く、森の奥底に入り込みすぎると、帰る道を忘れてとうとう森の中に取り込まれてしまうのだとか。
大人達の話にそのときの村の子供達もやはり震え上がったのだけれども、ただひとりだけその想定外の子供がいた。
よく音を拾う長い耳を持つ子供だった。―――外の子供である。
負けん気の強いとか意地を張ってとかそういったものではなく、ただその漠然とした恐ろしいものを分からないでいた。そのこころのまま、怖がることもせずにただの好奇心でときどき森を訪れていたものだから、少年は森のことをよく知っていた。甘い実をつける草の種類だとか、登って遊ぶのにちょうどいいかたちをした木だとか。子供達が誰も知らない、大樹のうろにある蔦に守られた神殿の入口だって少年は知っていた。それでも恐ろしいものに出会ったことはない。
恐ろしいものってなあに。袖を引く少年に大人達は首を振る。そして丁寧に教え諭す。行っちゃいけないよ、と。あそこはとても大切な場所なんだから。いたずらしちゃ、だめなんだよ。
あの物語の殆どはつくりごとだったのだろうな、と大きくなってから少年は思う。
でも、多分いくつかはほんとうのことでもあったのだ。
そして大人達以外で唯一あのひとが聞かせてくれた物語も、きっといつわりなどなかった。
―――いつかの話である。
作品名:【ゼルダの伝説】ワールドヴィネット 作家名:ケマリ