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【ゼルダの伝説】ワールドヴィネット

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 今よりもずうっと小さかったときの話だ。
 そのとききょうだいのように仲良く育った弟分達はまだ生まれていないか、生まれていてもやっとはいはいを始めたくらいだった筈だから、本当に昔のことになるんだろうと思う。
 困ったことにカボチャを叩いて真っ二つに割るのがその頃いちばんに好きだったことだった。失敗すると棒のかたちに硬い表面がへこむだけだったけれども、上手く叩くときれいにぱかりと割れて、そのことが面白くてしかたなかったような気がする。カボチャが豊作すぎたときなんかは村で食べてしまう分だけ大人達公認で割らせてもらえたものだけれど、大概はそんなことはなくて無理だった。なので隠れてよくぽかりとやっていた。その度に手加減していても痛い拳固を見舞われることになったけれど。
 仕置きはその拳固と、何十匹もいる山羊を小屋に戻す仕事をひとりですることだった。
 あのときはそう、―――うっかり山羊を一匹逃がしてしまったのだったか。
 逃げていく山羊を咄嗟に愛馬に飛び乗って追いかけたのも、あれだけ駄目だときつく言い含められていた領域を侵すことも、少年は躊躇わなかった。慣れた森の道の奥、大樹の根元に辿りついた少年はようやっと馬から降りた。
 先の村人達が削って造ったのか、それとも自然とそんなかたちになってしまったのか、大きな根は抉れたような隙間を作っている。その入口らしきところはいつもは蔦が絡み付いているのだけれど、一部分、山羊が通った跡みたいに引き千切られてぽかりと口を空けていた。
 間違いない。きっとここに入り込んだんだ。
 だめだよと言いたげに乗ってきた仔馬は少年の襟元を噛んで引き留めようとする。ここでじっとしていてね、とぽんぽんと軽く首を叩く。もう戻るつもりはない。
 その年頃を考えても少年はまるで大胆だった。止められていたその領域に、蔦の隙間からあっさりと分け入る。馬は怯えたように鳴いたけれども、少年は明るく笑い、すぐ戻るから、と馬に向けて手を振ると通路の奥に向き直った。
 中は仄暗い。どこかから光が洩れているのか、足元もなんとか見えないこともなかった。これならここに来る途中にあった洞窟の方が手探りで進まなければならない分余程大変だったかもしれない。触れた岩壁もびっしりと苔が覆っていて柔らかかった。
「―――ひゃっ」
 ぴちょん、と落ちてきた水滴が頭のてっぺんに当たって声が裏返る。恨めしげに上を見るけれども、色がなくなって真っ黒の苔がびっしりと天井を覆っているだけだった。
 おどかすなよっ、と怒ってみるが誰も聞くわけがない。
 溜息をつきつつ頭を撫でる。
 入口から細い斜面を降りていくと、少し開けたところに出た。こっちは地面が乾いていて滑って転んだりしなくて済んだ。でもときどき不意打ちで今みたいに滴が落ちてきたりする。
 外から見ると大きな一本の木に見えたものは、何本かが捩れるようにしてくっついて一本になっているみたいだった。だからたまに隙間があったりしてそこから光や雨粒が落ちてくる。一本くらいは枯れてしまっているのかもしれない。
 開けたところには等間隔で不思議な模様をした柱が立てられていた。その間を縫うようにして、随分迷走したらしい山羊の足跡を追いかけて歩く。
 ―――ごちん。
 前方不注意。
 まともに壁に頭を打ち付け、痛そうな音が鳴った。星が散る。
 なんで。足跡はちゃんと続いていたのに。
 そう思って壁を睨み、足跡を睨む。そうしておかしなところを見つけて、少年はぱちくりと瞬いた。
 壁と地面の境目で足跡が半分に切れていた。
 まるで壁を通り抜けてそのまま走っていったみたいに。
 きょとんとして少年の視線はまた壁に戻る。洞窟のようなごつごつした岩壁じゃなくて、この壁はちゃんとした『壁』だ。ところどころ欠けていたりするけれど縦に線を引いたように真っ直ぐだ。
 ぺたぺた、と壁を触る。手触りだって煉瓦みたいにざらざらだ。苔なんかもいっぱい生えて、上からなんて蔓が伸びてきている。
 もうちょっと長ければよじ登れたのになあ。
 蔓の長さと蔓の長さと、あと身長がちょっとだけ足りない。

 ―――……取っ手?

 よくよく見ると一部分、手を引っ掛けるのに丁度いいかたちがこっそりと紛れている。深く抉れた部分に試しに手をかける。引っ張れそうだった。
 よいしょっ、と気合いを入れて思い切り引っ張る。ずず、と鈍い音がして指一本分くらいの隙間が出来る。それに気をよくしてもう一度引っ張った。滑らかに開くわけじゃないけど、物凄く頑張ったら開かないこともない。
 隙間指一本が腕一本に、腕一本から肩に。頭も通り抜けられるくらいになったところで少年は隙間に無理やり身体を捻じ込んだ。ベルトが引っかかって痛かったけれども、なんとか通り抜けることに成功する。
 通り抜けた先もまた奥に広がりのあるところだった。さっきのところも広かったけれどこっちはもっと暗くて湿っぽい。よくよく目を凝らして見渡せば、向こうの壁の端がうっすらと見えた。天井を突き破るようにして伸びた木々が乱立している所為で、建物の中にもう一つ森があるみたいだった。
 途切れていた足跡はきちんと繋がっていた。てんてんてんとその足跡を辿り直す。何かに追われでもしたのか足跡は迷走していた。そればかり追っているせいで、少年はどこに入り込んでいるのか気付かない。突き当たる筈の向こう側の壁にぶつからなかったのも気付かなかった。そうしてより森の深みに分け入っていく。緑は更にその色は深くなり、その空気はしっとりと濃くなっていく。

 そうしてそれは不意に現れた。
 悲鳴を上げる分の息を吸うことも出来ず、薙いだ腕が側頭部に当たって小さな身体が跳ね跳んだ。背中で地面を擦り、止まる。ぐるんと脳が揺れ世界が回った。ぐちゃぐちゃと掻き混ぜたように、その目には景色はまともな形をなさずマーブル模様にしか映らない。混乱する少年の胸に、容赦ない体重が掛かった。それの膝が押し当てられている。
 否。押し当てられているのは膝だけではなかった。
 その時点で少年はまだそれを熊かなにかだとしか思っていなかった。ちかちかする視界で、なんとか起き上がろうとしたときに首にちくりとした痛みが走り、少年は本能的に身体を強ばらせた。
 首に押し当てられているのは刃物だった。よく研がれた光る刃の先が、少年の首を薄く傷つけていた。少年の視線はナイフを辿り、腕を辿り、刃物を突き付けるそれの正体を見た。
 男だった。
 その一切の感情を削ぎ落としたような表情に息が詰まる。ナイフを喉に押し付けるか横に引くか。それだけで少年の命は終わる。暴れようにも先程の小さな痛みが身体を縛って動かせない。がちがちと鳴る歯と、意思とは関係なしに震える身体。恐怖に血の気が退いている少年の、幼い顔を見下ろして、男は眉を寄せた。
「……ん?」
 ふんふんと鼻を鳴らす。怪訝そうな顔をした男は突然リンクの髪に鼻先を埋めた。ひ、と身体を強ばらせた。ナイフは首筋に当てられたままそのままなのだ。
「んん?なんじゃお前、けものの臭いしかせぬわ」
 髪の毛やら首筋やら散々臭いを嗅がれた後、男は拍子抜けしたようにそう零す。
「悪かったのう、少年」