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【どうぶつの森】さくら珈琲

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1.みしらぬネコ


「やぁはじめまして! キミ、かわいいね!」

 まさか、わたしがこんなことを言われる日が来るなんて。
 ここは、博物館の中にある馴染みの喫茶店「ハトの巣」。
 いつもわたしが座る席には、見たことのない青色のネコが座っていた。高級そうな服を着ているけれど、街から来たのだろうか? 
 とっさに返事ができず、思わず助けを求めるようにマスターの方を見てしまった。だけれどマスターの方はいつものように無口のまま、几帳面にカップを磨いている。少し違うのは、その顔がいつもより上機嫌に見えるということ。
 そしてこの謎のネコの方は、「あれ、聞こえてなかったのかな?」と言うように少し首をかしげ、わたしの顔を覗き込んできた。瞳は、体と反対に深い赤い色をしている。ずっと見ていると、なんだか吸いこまれてしまいそうだ。彼は大きな目を細めてまた笑顔をつくると、こう言った。

「まさかこんなかわいい子がこの村にいるなんてね! よかったら一緒に、コーヒーでもどう?」

……わたしは、かわいいという言葉に慣れていない。だって、どう見たってわたしはかわいいと言われるような女の子じゃないからだ。
 コーヒーを飲みにきたのは事実なので、とりあえず誘われるがままに隣に座ることにした。マスターのお店はいつもオリジナルブレンドしかないから、今更メニューを見る必要はない。黙って座っていても、勝手にコーヒーを出してくれる。そこもこのお店をひいきにしている理由の一つ。
 そしてやっと、わたしは落ち着いて口を開けた。

―――あの……わたし、かわいくないですから。つり目だし。
「ううん、すっごくステキだよ! ねぇ、キミの名前を教えてくれる?」

 まるでわたしが今話題のアイドルとでも言うような反応。お世辞にもほどがある。毎日鏡を見るのもうんざりしているこのわたしが、かわいい?

―――さくら。

 こんなに怪訝に名前を言ったのに、大げさなくらい彼の瞳が大きくなった。なんだかこのネコ、苦手だ。なれなれしすぎるところも、いちいちリアクションが大きすぎるところも。

「名前もかわいい! そのピンクの髪も、季節にぴったり!」

 なんだか、通販のおすすめ商品みたいに、さっきからほめられっぱなしだ。人生でこんなに「かわいい」を連発される日が来るとは思わなかった。それに、そんなに珍しい名前でもない。春に生まれたから、さくら。それだけのシンプルな由来。そしてこの髪の色は、美容師のカットリーナさんに勝手に決められただけ。それだけなのに。
 そんな会話にもなっていない会話をしているうちにコーヒーができる。中を覗くと、桜の花びらが一枚浮かべてあった。

「……一緒に飲まないでくださいね?」念のためとばかりに、マスターが言った。
「マスター、粋だね! あははは!」

 何がおかしいのか、謎のネコが高らかに笑うと、驚いたことにマスターも小さく笑い声をあげた。わたしよりずっと無口で、いつもクールなマスターが。
 なんだか、変なの。今日は変なことばかり。
 とにかく、今日もかわりなくコーヒーはおいしい。わかるのはそれだけだ。

―――それで、あなたの名前は?
「オレ? 謎の旅人、みしらぬネコってところかな」
―――もう見知っちゃってますけど……。

「いいのいいの!」と彼は笑うと、カップに残ったコーヒーを飲み干して、カウンターに100ベル硬貨を2枚おいて帰っていった。最後にこの言葉を残して。

「またね、さくら!」

 ほんと、変なネコ。
 マスターに尋ねたら、「昔からの友だち」なんだって。寡黙なマスターとこの変なネコには、あまり共通点が見いだせないのだけれど。
 わたしは腑に落ちないまま、コーヒーをゆっくりと飲んだ。それは、ほんのり甘い春の味がした。