【どうぶつの森】さくら珈琲
2.バニラ
「ありがとだなも、さくらさん」
ちょうどわたしが最後のダンボールを運び終えたところで、たぬきちさんが頭を下げた。
「ちびたちが寝込んで大変だったから助かっただなも!」
―――困ったときはお互い様でしょ。
それでもたぬきちさんは、何度も何度も礼を言った。彼は、村唯一のお店を営んでいる社長さんだ。社長って言っても全然えらそうじゃなくて、村に必要な物を仕入れては出来るだけ安く売ったり、逆にみんなのいらなくなったものを積極的に引き取ってリサイクルしたりと、この村のためにいつも尽力してくれている。
商売というのは、人と人が関わること。物が良くても、売る人がダメじゃうまくいかない。心からの誠意が大事なんだ、とわたしがアルバイトしているときにたぬきちさんは何度もそう言っていた。
そして今日は、従業員が風邪をひいたから、わたしが手伝っていたというわけ。
店を出るとちょうど満開の桜が目に入る。今日が一番の見ごろらしい。この村に来て何度目かの、春だ。
ついいろんな思い出にふけってしまう、そんなほろ苦い季節。
「あの……さくらさんですか」
春の風のような、か弱い声をかけられた。
そこには白いイヌの女の子が立っていた。白い体に映える、たくさんの真っ赤なりんごを抱えている。なんだか気が弱そう。それが彼女の第一印象。
この村に来て、何度目かの春だ。こんな光景には慣れている。この子がどんな状況なのかもよくわかった。
「わたし、最近この村に引っ越してきたバニラっていいます。えっと、あの、さくらさん、ですよね、ここに長く住んでる……」
バニラはしどろもどろになりながら言った。そんなに怖がらなくてもいいのになぁ……。
―――別に村を仕切ってるわけじゃないけどね。
「あ、ごめんなさい! それはわかってますっ、あっあの、その、これ、その……故郷の名産で」
バニラはわたしの腕にたくさんのりんごを押し付けた。勢い余って彼女の手から溢れたりんごが転がっていく。それを拾おうか迷ったみたいだけど、ぺこぺこと頭を下げながら逃げていってしまった。
―――あ、ありがと……
お礼を言い終える間もなかった。
散歩をしているとさっきの声がした。そう、バニラだ。
「さくらさんって何考えているかわかんなくて……怖いです……」
ああ。やっぱり。
傷ついていないと言ったら、嘘になる。
わたしは生まれつき、ひどいつり目で、どうしても相手に怖い印象を与えてしまう。それが何よりのコンプレックスだった。出来ることなら、バニラのような優しい顔立ちに生まれたかったのに。こればかりは、いくら嘆いてもしょうがないのだけれど。
でも、バニラの相談相手のレベッカ姉さんはこう言ってくれた。
「大丈夫よ。さくらちゃんはとっても優しい子なんだから」
それをバニラがどう受け取ったかわからない。だけれど、わたしは続きを聞かなかった。この村の人は、みんな優しくてあたたかいから。だから、いつかバニラとも誤解がとけて、仲良くなれたらいいのになぁ……。
その機会は思ったより早く来た。
道の先に赤いりんごが転がっているのが見える。どうやらまた彼女が落としてしまったようで、坂道の上を必死に拾っていた。
わたしは一瞬ためらったが、勇気を出してそれを拾い上げる。
―――よく会うね。
そういってりんごを渡した。振り向いたバニラの小さく光る目とまっすぐ、合った。自分の目を見られるのは慣れていない。だけれど、しっかり見つめ返した。
「あ、ありがとう、ございます……さくらさん。」
やっと笑顔を見せてくれた彼女に、わたしも思わず微笑んだ。
そうだ。今度彼女に、お気に入りの喫茶店「ハトの巣」を教えてあげよう。そう思った。
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗