【どうぶつの森】さくら珈琲
確かに、マスターの言う通りだった。
少し散歩をすると、彼はあっという間にいつもの彼に戻った。けれど、わたしとつないだ手を離さなかった。わたしはそれに慣れなくて、居心地がいいような悪いような、もう少しこのままでいたいような。
「あー久しぶりに酔った酔った! 見てよさくら、すごい月綺麗だよ!」
月はもうさ、本当はどうでもいいんだよ。
ねぇ、どうして手を離さないの。
あなたは友だちでも簡単にこういうことできるの?
手をつないだりとか……できるの?
かわいいとか言うの?
帰りに送っていってくれるの?
こんなにたくさん一緒にいるのに、みしらぬネコさんのことがよくわからなくなる。
すると、唐突にみしらぬネコさんはこんなことを言い出した。
「ねぇさくら。たまには、さくらの話もしてよ」
―――わたしの話なんて、つまらないよ。
いいからいいから、と押してくるみしらぬネコさんに負け、わたしは思い出せる限りの自分の生い立ちを語ることになった。
―――えっと、まず……春に生まれたの。だから、「さくら」。
みしらぬネコさんはニコニコして言う。
「シンプルでいいね」
――まぁこれといって特徴はないけど……普通の家に育ったかな。
「うんうん」
―――大きくなって、自分の力で暮らしてみたいなって思って……この村に来たの。
みんなすごい良い人だからすぐに好きになったよ。時計に縛られない生活になった。
「そっか、小さいときはどんな子だった?」
―――えっと……無口で気難しい子、だったかな。あー、ヴィスとちょっと似てたかもしれない。
「やっぱり長い付き合いでも知らないことってたくさんあるなぁ」
それはそうだ。それが人間関係の面白いところだもんね。
それを言ったら、わたしはみしらぬネコさんのこと、ほとんど知らない。彼の名前さえ。
みしらぬネコさんは大きな赤い目を細めて笑うと、さらりと言った。
「今日はもうちょっとさくらと話してたいな」
―――!……そ、そっか。
「よし、きーめた!」
―――何を?
「今日はさくらの家に泊まらせてもらうよ!」
……え?
作品名:【どうぶつの森】さくら珈琲 作家名:夕暮本舗