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【どうぶつの森】さくら珈琲

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5.バニラの本


 外で遊べる晴れの日もいいけれど、ちょっとおセンチな気分になる雨の日も好きだ。そして、その中間のくもりの日も、案外きらいじゃない。

―――くもりの日ってさ、無性に読書したくならない?

 今日はバニラが遊びに来ている。雨が降るかどうか微妙な天気だったので、家でのんびりと過ごすことにした。わたしは、溜まっていた読みかけの本を読んで過ごし、バニラは何かノートに一生懸命書いているようだった。

「そうなんですか。自分はどちらかといえば、雨の日におうちでのんびり読む方ですが……」
――こう……くもりの日の昼間にさ、部屋の電気を消して、カーテンを開けて、うっすらとした光の中で読むっていうか……。
「ふふ、あまり続けると目が悪くなっちゃいますよ。けれど、それはそれでわくわくしそうですね」

 あれからバニラとはお互いの家にしょっちゅう行き来するほどに、仲が良くなった。
 そんな彼女はかなりの物知りだ。たくさん本を読む彼女は、本の印刷の仕方とか、雨の降る仕組みなんかを教えてくれる。いろんな疑問に答えてくれる。バニラの知らないことってあるのだろうか? それが最近のわたしの疑問。

―――ところで、さっきから気になってたんだけど、そのノートは何?

 彼女は恥ずかしそうに、(今更ではあるんだけど)ノートを隠した。そんなことされると余計気になる。わたしがひょいと取り上げるとバニラは予想外に抵抗せず、さらに恥ずかしそうにうつむいた。

―――読んでいい?

 一応確認をとると、真っ赤になってうなずいている。これはなんなんだろう? ページ一面、文字がびっしり書いてある。
 日記? いや違う。どうやら男の子の視点のようだった。
 魚の男の子はいつか足が生えて、地上を歩くことを夢見ている。周りはみんな彼を馬鹿にするけど、それでもあきらめない。
 そこで、深海の悪魔(ずばりタコ)に魔法の薬をもらいに行く。あまりに熱心でしつこい要求に、悪魔はついに試練を出し、今度は大冒険が始まる。
 わたしは、気づいたら目の前にバニラがいることも忘れ、つい真剣に読みふけってしまった。

 彼女はその間ずっとそわそわとしていた。読み終わったわたしの顔色を伺って、言う。

「わたし、その、えっと、作家になりたくて……」

 オドオドと言うその姿は、出会ったときに出会った姿のようで。
 自信がなさそうな、今にも泣いてしまいそうな。だけれど、バニラはさらに続けた。

「その、小さいころからずっと書いていて、書くことが、楽しくて……」

 そして、不安げな表情でわたしに尋ねる。

「お、おもしろいですか……?」
―――うん。
「ほんとに?」
―――とっても。

 その後も、信じられないように何度も何度も同じ質問を繰り返してくる。わたしも辛抱強く同じ答えを繰り返し、十回目でやっとバニラは理解してくれたようだった。

――ほかにも、こういうお話はあるの?
「はっ、はい! こちらですっ!」

 そう言って、カバンの中から次々出てくるノート達。一体、これらを書きあげるのにどれだけの時間がかかっているのだろう。
 わたしがバニラの創った物語を読んでいる間、彼女は嬉しそうにティーカップを取り出し始める。もちろん、わたしの家の物だけれど、どこにお茶の葉やティーポットがあるか、すでにバニラは把握している。わたしの読書の邪魔にならないよう、お茶を用意してくれるようだった。
 バニラのノートの中には、森に住むひとりだけの人間の物語や、空を飛べる犬の話、海に泳ぐ猫の話、たくさんの夢が、そこにはあって。次から次へとページをめくる手は止まらなくて、最後の一冊を読み終えるときにはとっくに日が暮れて、出してもらったお茶も冷めてしまっていた。
 わたしが読み終えるのを待っていてくれたバニラの目を見て、わたしは言った。

―――バニラ、やっぱり、どれもすごくおもしろかったよ!
「ほ、本当ですか? うれしい……!」
―――本当の作家さんが書いた物語みたいだったよ。バニラはプロを目指すべきだよ!

 バニラはまさか、とばかりに首を激しく振ったが、わたしはそれでも強く言い続けた。

―――絶対なれる! 応援するから。

 バニラは困ったように弱い笑みを見せたが、そのあと照れたように赤くなり、なんと今度はぽろぽろと涙を流し始めた。

「わ、わたし、うれしいです。誰かに読んでもらったのはじめてで、さくらさんに読んでもらえて、本当に、本当に……! わたし、がんばります。ありがとう、さくらさん……」
そしてバニラは、またノートを開くと物語を書き始める。次がどんな作品が出来上がるか、わたしもとても楽しみだ。
 今日はどんよりとした色の空の日だったけれど、正反対にわたし達の気持ちはとても鮮やかだった。