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境界線をかっ飛ばし

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特徴的な赤い触角が、風に吹かれてピコピコなびいている。
 誘惑に駆られて伸ばしかけた手を、凌牙は触れる寸前に我に返って引っ込めた。
「……何をやってるんだ、オレは」
 触角、もとい前髪の持ち主である遊馬は、学校のエントランスの芝生に座り込んでのんきに舟を漕いでいる。手を伸ばして届く距離にまで凌牙が接近しているのに起きることなく。力の抜けた遊馬の首が前後にがくんと揺れる。その動きに合わせて皇の鍵が遊馬の胸をぴたぴた叩く。
 全くもって平和な光景だ。ただ一つの疑問を除いては。
――今日は土曜日。学校は休みだ。なのに何故遊馬がここにいるのか、と。
 凌牙はエントランス一帯を見回した。エントランスには凌牙と遊馬以外には誰もおらず、校舎裏の体育館で部活動をする生徒の声が遠く聞こえるだけだ。

 凌牙側にはれっきとした理由がある。今まで不登校だった分の学業の遅れを取り戻すべく休日に補習を受けに来たのだ。もっとも、元々頭のいい方である凌牙は大した苦労もせず、正午過ぎには全教科済ませてしまったのだけれど。
 補習が終わればこんな所に長居は無用。別に大事な予定はないがさっさと帰ってしまおう。そう考えていた矢先に遊馬と出くわしたのだ。
「遊馬」
 試しに呼んでみたが、返って来るのは間の抜けた寝息だった。凌牙の片眉がぴくりと跳ね上がる。
 さくさく芝生を踏んで、凌牙は遊馬の背後に移動する。丸まった背中からほんの少し離れた位置に立ち止まり、静かに右脚を上げてつま先を遊馬の背に近づけた。軽く蹴ってみて反応がなければこのまま放って帰るつもりだった。
 凌牙のつま先が、遊馬の背に届くか届かないかの距離まで接近した時だ。遊馬の背が弾みをつけていきなり凌牙の方へそっくり返った。
「なっ」
 急な出来事にぎょっとする凌牙。明らかに蹴りの体勢に入っていた脚がそのままの格好でぴしりと固まる。
「……んば?」
 逆さまになった赤い寝ぼけ眼が、凌牙の前でうっすら開いた。瞼を一度二度重たげに瞬かせて、
「シャーク」
 眠気から覚めやらぬまま、遊馬がふにゃりと笑う。
「シャーク、何やってんのこんな所で」
 さりげなさを装って、凌牙は蹴ろうとしていた脚をそろそろと元に戻した。
「それはオレの台詞だぜ。お前こそ、どうしてここにいるんだ。カレンダーでも見間違えちまったのか」
「オレ? オレは補習」
 一つあくびをして、遊馬はようやく凌牙の方に向き直る。眠たい目を擦りながら。よくよく見てみれば、傍には彼の学生鞄が無造作に放り出されていた。
「中間テストの点数が悪くてさ。おかげで姉ちゃんと婆ちゃんにはすっげー怒られた。でもさ、考えてもみろよ。人の気持ちが三十マスちょうどに収まるかっての」
 長い綴りの英単語なんか大量に覚えられない。プラスマイナス、何それ美味しいの。そんな遊馬の愚痴から、要するに国数英は全滅か、と凌牙は心底呆れ返った。万事がこの調子なら、遊馬の担任はさぞかし苦労していることだろう。
「もしかして、シャークも補習? だったらオレと一緒だな」
「オレは学校をサボってた分の埋め合わせだ。お前と一緒にすんじゃねえ」
「補習は補習だろ――?」
 けらけら笑っていた遊馬だったが、不意にその笑いがぴたりと止んだ。自分の足元から凌牙の足元を何度も見返しては、不満げな顔を凌牙に向ける。
「……? 何だ?」
「だってさあ……あ、そうだ!」
 訝しむ凌牙をよそに、遊馬は何事かを思いついたようだ。
 遊馬は凌牙の足元までにじり寄った。今まで寝ていた人間とは思えないほどの素早さだった。凌牙に距離を取らせる間も与えず、凌牙の右腕をつかんでぐいと下に引っ張る。その力の強さに、凌牙は思わず芝生に膝をついて座り込んだ。立ち上がろうとするより早く、凌牙の膝の上に温かみのある重い物が乗せられる。頭の中が真っ白になる中、凌牙が状況を理解したのは、遊馬が芝生にごろりと横になって「楽ちん楽ちん」とのたまってからだった。――遊馬が凌牙の膝を枕にしているという、この状況を。
「遊馬!」
 今すぐそこを退け、と凌牙は全力で遊馬を押し退けようとする。すると、遊馬はやだやだとばかりに凌牙の腰に両手を回してぎゅっとしがみついた。無理やり引き剥がそうにも、遊馬の力が意外に強くて引き剥がせない。しばしの格闘の末に、根負けしたのは凌牙の方だった。
「分かった。分かったから。オレは逃げねえから、早くその手を退けろ。うぜえし、暑苦しい」
「……ほんとに?」
「本当だ」
 凌牙が約束してやると、あれだけ必死にしがみついていた遊馬の腕は容易く解かれた。自分の身体を取り巻いていた暑苦しさから解放され、凌牙はほっと息をつく。姿勢を整えようと身じろぎすると、真下から異様な視線を感じた。
「逃げねえよ」
 苦し紛れの発言とは言え、約束は約束だ。凌牙が脚を伸ばして座ると、遊馬が嬉々として膝に頭を乗せてきた。据わりのいい場所を探すべく、遊馬の頭が凌牙の膝にぐりぐりと押し付けられる。
「男の膝枕なんざ、硬くて気持ち悪いだけじゃねえか」
「そうでもないぜ。結構居心地いいよ」
「はあ。もう勝手にしろ」
「いいの? やったあ」
 遊馬はやっと据わりのいい場所を見つけたらしく、凌牙の膝の上で重い物が転がる感触はぴたりと止んだ。そのまま大人しくするかと思いきや、今度は凌牙の青ネクタイに手を伸ばしてきた。ネクタイにじゃれつく遊馬を、凌牙は軽くあしらってやる。
「ここってさ」
 ネクタイを緩くつかんで、遊馬が問わず語りに話し出した。
「いつもはデュエルをしに人がいっぱい集まってくるだろ? すっげーにぎやかで、楽しくて。よく知らない奴ともデュエルして仲良くなったりさ」
「……ああ、そうだな」
「でも、今日は土曜日で、休日で、誰もいなくって、がらんとしてて……オレ一人だったんだ。それですっげー寂しくなって」
「寂しくなって?」
「――気がついたらいつの間にか寝てた」
 目の前に広がる能天気な笑みに、凌牙は頭を抱えた。
「お前は寂しくなると寝るのか。変な奴だな」
「へへ、そう? そう、なのかな……」 
 二人を取り巻くのは午後の陽だまり。暖かな陽気に誘われて、遊馬の動作が段々緩慢になっていく。ネクタイをつかんでいた手が地面に落ち、開かれていた赤い目が瞼の向こうに閉ざされる。
「シャーク」
「何だ」
 凌牙が返事をすると、遊馬が目を閉じたまま満足げに微笑んだ。
「シャーク、後でデュエルしよう。紹介したいんだ、オレのデッキの新しい仲間。……あ、でも、その前に、ちょっとだけ寝かせて……」
 後に続いたのは、安らかな寝息だった。どうやら遊馬は、押し寄せる眠気に打ち勝つことができなかったようだ。
「本当に変な奴だぜ、お前は」
 いつもそうだ。凌牙が何度も距離を取ろうと、何度も邪険に扱おうとも、遊馬は凌牙の元にやって来た。どんなことがあっても物怖じせずに、間に張った境界線をかっ飛ばして。
 凌牙は、膝の上で眠る遊馬を見下ろした。あの赤い前髪は、凌牙のすぐ目の前にある。つかもうと思えばすぐにでもできる位置に。触れるなら、今がまたとないチャンスだ。凌牙はしばらく躊躇っていたが、ついに誘惑に負けて遊馬の前髪に手を伸ばす。
作品名:境界線をかっ飛ばし 作家名:うるら