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玄塊群島連続殺人 黎明編

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プロローグ



開かれし柩

漆黒の闇に映える玄塊灘を、一艘の貨物船が静かに滑走する。満ちた月明かりが、穏やかに揺れる外海に幻想的な表情を加える。静かに揺れている波が船底にそっと触り、その温い海温を想起させるような音が、原始の記憶を呼び起こす。緩やかな温風が、彼女の青白い頬を、そっと撫で、周囲の闇をに溶け込むような長髪を、弄んでいる。
彼女は、舳先にもたれ掛かって、船先にいずれその姿を現すであろう玄塊群島に、そこで現在進行している事件に思いを馳せていた。暗室解理。人は、jdc仙台支部寄託候補生、芦原美禰子の推理方法をそう呼ぶ。彼女にとっての暗室は、心理的な閉塞感を成立条件とし、深い闇を必要とする。
まだ、闇が薄い。もっと深い人の性そのものを負に転化しうる発端が、事件そのものの突破口が開かなくては。

天戸辰夫と斑由利香の死は、心を病んだ二人が、現代の利器を通じて出逢い、手を携えて現世を去った、この時点でありがちな心中に過ぎない。が、その数日彼等が最期の地として選んだ因島の寒村、端坐村の青年、菊川良隆が変死体で、南端の浜辺に打ち上げられた。遺体は死後数時間であったが、損壊が酷く検視に数日が伴う有り様だった。
死因は扼殺、身体の損傷は死後に加えられたものであった。
しかし、この陰湿な事件への県警の対応は、なぜか実を欠き、お座なりの捜査で終わってしまった。そして、さらに奇妙なことに県警の不誠実な対応に抗議する村民はいなかった。
端坐村の前村長と芦原の上司、朽木が大学で席を並べた仲だったため、この事件の依頼を受けたjdc仙台支部は、安眞木礼次郎と美禰子をを先見として玄塊へ派遣した。

「芦原さん。体の方は大丈夫ですか?もう二時間も此処に立ちっぱなしじゃないですか。」
新緑な瞳が宿す光に、美禰子は視線を向けるのが苦手だ。乱れた前髪を整え、安眞木に向かい合う。
「先程も、申し上げたように、私は寄託とは言え仙台支部の候補生です。正規の探偵から多くを学ばせて頂かなくてはならない存在です。探偵は事件を解決する。これはあなた方がしてきたことです。血統はなにも解き明かしません。ですから、部下に敬語なんて使わないでください。体の方は大丈夫です。」
風変わりな中学生の言い分に、穏和な安眞木は苦笑した。
二人はしばらく、静かに揺れる波間に反射する月光を眺めている。多くを美禰子が眼を凝らす。遥か先の海面で一筋の飛沫が闇に舞ったのだ。
「安眞木さん、あれ!人が溺れてます!」
美禰子が叫ぶとほぼ同時に、礼次郎は漆黒の海に飛び込んだ。
温い海水が彼の体を包む。視界が曇り、聴覚が自らの立てる水温で閉ざされる。水中を掻き分け、ついに静かな海を荒立てるもう一つに彼は到達する…。

安眞木礼次郎は岩手の山間部にある限界集落の一つに生を受け、その美しくも厳しい母なる地でその少年期を過ごした。雪に閉ざされる冬は、祖母の話す説話、古来より口承されし数多の物語、幼い彼の何よりの娯楽であった。眠れぬ夜に、祖母は寝床を出て炉で暖をとりながら話してくれた無数の物語。もう今は一つも思い出せない。

一人の少女が引き揚げられた。美禰子が船頭に舟を寄せるように要請したからである。
しかし、そこに礼次郎のを姿はなかった。
その後の必死の捜索にも関わらず、安眞木は見つからなかった。彼は忽然と消えてしまった。なにも語らぬ夜の海に。