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玄塊群島連続殺人 黎明編

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優しい木漏れ日が、ゆっくりと窓辺に差し込む。眼を覚ましてから暫くは、寝たまま知らぬ天井に映る影と光の揺らぎを眺めていた。
体が自分のものではないような感覚。しかし、本土から遥かに離れた地に来た実感も抱きつつある。
何処までが夢だったのだろうか。出航してからの記憶が混乱している。
なんにせよ、安眞木は何処か遠くに行ってしまった。しかし探偵としての直感が告げている。私は既に決定的な過ちを犯していると。
美禰子は折り畳み式ベッドからゆっくりと、身を起こし、シーツを払いのける。

濃度の異なる二つの闇。空は厚い雲に閉ざされる。私に気付く事なく遠ざかる船影。雲の隙間から顔を出した月が、船の曖昧なシルエットを幻想的に映し出している。私は辺りを波立たせる事なく、漆黒の海に浮かんでいて、やがて沈み行く運命を受け入れている。
私の他に、一人の遭難者がいる。彼女は必死に足掻き、船に呼び掛ける。それが無理な試みだと解ると、私の方に泳ぎ来る。
「私を此処なら連れ出してくれませんか。とても退屈なんです。」
虚ろな笑顔。

玄塊の島々には、何かがある。陰湿な人間の性を、蒸留した暴力の系譜を、呼び起こさぬように封印されていた柩が、再び何者かの手によって開かれてしまった。
夢の中で彼はそう言った。

礼次郎が、飛び込んだ闇に、私もまた踏み込もうとしている。その理を解くために。

夕暮れの浜辺。打ち寄せて砕ける波のリズムは、昼間の大気に対して抱いた彼女の心象を一転させる。
「体の方はもう大丈夫ですか?」高崎が、浜辺を並び立つ美禰子の顔を覗き込むようにして、尋ねる。
彼女は遠く、水平線の彼方を見るように、眼を凝らしている。沖に並んだ二つの船影。そして、ハッとわれにかえって彼の方に振り向く。
「はい。お陰様で。大分回復しました。
ここは日がくれると楽ですね…。
昼間の淀んだ空気が嘘のようです。ところで…私と一緒に来た娘は何処ですか?」
高崎の指差す先の波打ち際に、打ち上げられた海藻や流木の類いを恐る恐るつつき回す、娘がいた。白いスカートが汚れている。
陸から遥かに離れた洋上を漂っていた少女。美禰子の必死の救命作業がなければ、此処には居なかっただろう。しかし、一命を得た彼女の記憶は、忘却の海に置き去りにされてしまっていた。
「彼女、芦原さんが休まれている間、ずっと付き添っていたんですよ。」
探偵は人の死を見つめ続ける。それもまた仕事の内と割りきるには、彼女はまだ幼すぎた。私たち声なき声の代弁者も、失われてしまった命までは取り戻す事が出来ない。
しかし少なくとも今は、踞る少女の後ろに立って思う。この娘は生きているのだ。
背後の美禰子に気付いて、振り返った少女は、嬉しそうに微笑む。
「美禰子、コレを見て。」
浜で見つけたのであろう、本土では見かけない変わった風貌の魚を差し出した。
少女探偵は同年代であろう彼女に対して、いつの間にか、肉親の情に似たものを感じているのに気付く。

「もう、このあたりで昔ながらの方法を用いて、漁をしている家は少ないです。大変な労苦であると同時に、技術を受け継ぐ者が居ませんから。」
寂れた漁港の市場はシャッターを下ろしている。これは常に閉じられているのだろう。
「ですから、今此島の経済は、貧相な観光資源で何とか回っている状況です。」
市場の脇の海岸通を歩きながら、高崎は島の内情を話す。 道路沿いに植えられた防風林は、汕岬の先まで続いていて、日がくれると白く浮き上がって見える浜辺とコントラストを成している。影絵のような星空は高く、澄みわたっている。
「差し支えなければ、一連の事件については、まず依頼主に直接お話を聞きたいのですが。田宮氏が、jdcにではなく、朽木平祐個人に対して捜査依頼をされたという経緯に、疑問に思う点が幾つかありますので。」
月光を背に抱えた高崎の顔は陰り、表情は伺えない。
「もちろん、構いません。彼も当初からその予定でした。しかし、今日はもう遅いので、お疲れでしょう?明日の朝、ご案内しましょう。私がまた、宿の方に伺いますので。安眞木さんの件については私の方からも伝えておきます。」
高崎が歩み去る。見送る少女の穏やかな横顔を眺めながら、美禰子は思う。彼女の考えでは、おそらく田宮は事件を解き明かしている。私が知り得ないこの事件の「真相」を知っている。これは彼女が祖父から事件捜査の命を受けたときからたどり着いた一つの仮定である。

しかし、この子が誰で、何処から来たかまで知っているのだろうか。