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Radiant Days~Love so sweet

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指を差され永智は慌てて頷いた。そしてひょいと渡されたのは猫又である。腕の中の猫――もとい猫又がきょとんとした顔で講師と永智の顔を見つめている。なにか言いたげな表情に困るしかない。こちらだって困惑しているのだから。などと言えるわけがない。
「クロのこと、頼んだからな!」
「――って、ちょ、先生!」
困惑する永智をよそに、講師は満面の笑みで言った。
「大丈夫だ!お前なら。ええと、叶永智だったな?」
「え、あ、はい」
ポンと永智の頭を撫で、微笑む。青い瞳がゆっくりと細まり、永智を見据える。その姿にカッと身体が熱くなった。
「クロのこと、頼んだからな、永智」
駆けてゆく講師の後ろ姿を永智はただ見つめるしかなかった。茫然と立ち尽くす永智に声をかけたのは先ほど教室に飛び込んできた女子生徒である。
「ああ、ごめんね。燐先生借りてっちゃって」
「あの……」
「あ、あたし? あたしはあんた達の先輩にあたる候補生よ。――ねえねえ、燐先生、カッコいいでしょ? うちの塾のアイドルなんだから」
きゃあと頬を染めた彼女は両手を組むとうっとりと呟く。
「あんたたち、まじちょーラッキ―よ。燐先生に実技持ってもらえて。あの人本気で可愛くて、まじカッコイイから!」
「――そんなに凄いんすか?」
「当たり前でしょ! 聖騎士に最も近い人物の一人だって言われてるんだから!」
聖騎士――それはたった一人の祓魔師に捧げられる最上級の位。祓魔師の頂点に立つものの称号。永智はただただ息をのむしかなかった。
「あの人、ただかっこいいだけじゃない。あんたたちもあの先生を知れば、分かる。――絶対好きになるって」
じゃあと駆けだした彼女を見つめる。その時だった。腕のなかで今まで大人しくしていた猫又が暴れ出したのだ。
「あ、こら!」
止める間もなく教室の外へと飛び出し、駆けてゆく。永智は躊躇うことなくその後を追った。後ろから制止の声が聞こえたが永智は止まらなかった。前を行く猫又をみうしなわないよう走るが、徐々にはなされているのが分かる。悪魔、だからか。走りが得意である永智も、まったく役に立たない。
薄暗い廊下をただひたすら走る。延々と伸びる廊下は古臭く時代遅れな洋館のように思えた。やたらと派手な色合い。明治や大正のそれこそ文明開化に建てられた建築様式を彷彿とさせた。天井付近についてある照明は橙の色を宿し、ほのかな明かりを届けている。猫又の小さな背をただ必死で追いかける。ここがどこか。何処に向かっているのか皆目見当もつかない。ふと奥に小さな光が見え、徐々にその光が近づく。楕円上に開いた出口に飛び込んだ時だった。視界に映ったのは大きく開けたドーム型の場所。闘技場かなにかだろうか。中央を見下ろす様に二階席が設けられていた。永智が出た場所はちょうどその二階部分。見降ろした先に目的の猫又の姿が見えた。
(げ……、あいつあんな下にいやがる)
どうしようかと逡巡している永智の耳に飛び込んできたのは甲高い叫び声と大きなざわめきである。
「うるせーんだよ!」
永智の耳に怒声が響きわたる。眼下に見えた広場にいたのは揉み合いをしている生徒たち。その中にいたのは先ほどの講師の姿。
(あ、あの先生じゃん)
喧嘩を始めた生徒の中に割り入り、必至で止めようとしていた。だがとまる気配はない。声をかけようとした時だった。一人の生徒が相手に向かって拳を振り上げる。さらに悪化するであろう状況に永智が身構えたときだった。
生徒が振り上げた拳を甘んじ受け止めたのは、漆黒のコートを纏った講師だった。鈍い音がこちらまで届く。その音に思わず顔を顰めていた。細い身体が傾ぐ。けれど、倒れることなく立ち止まる。さきほどまでの喧騒がうそのように消える。まるで水を打ったかのごとくその場が静まり返った。誰も声を発さない。いや、発せない。――口を開いたのは奥村燐だった。
「気ぃ、すんだか?」
血が流れ、赤く腫れた頬を拭い囁く。怒るわけでも怒鳴るわけでもなく、ただ静かに――。青い瞳をまっすぐ殴りかかった生徒に向け、囁く。瞳に映る色はどこまでも澄み怒りも苦痛もなにもみえない。
「お前ら郷田先生に謝れ」
拳を振り上げた生徒は口を噤んだまま苦しそうに眉を寄せていた。
「おら、お前ら二人」
再度彼が促せば、しぶしぶながらも謝罪を口にする。
近くで立ち尽くしていた彼と同じ服を纏った年若い講師がおろおろと対応する姿が見えた。年は奥村燐と変わらないだろう。いや、上かもしれない。だが、こうも違うものなのか。
(なんか、頼りねーな。講師つーことは、祓魔師の資格もってんだろ?こう、あの講師見て―に堂々としてるもんじゃねーのか?)
そんな疑問が次々にわき出てくる。
「おら、お前ら! 聞きてーことがあるから、こっちこい。――郷田先生は講義を続けてください」
「お、奥村先生、いつもすみません」
彼に向い頭を下げてはいるが、逃げ腰に見えるのは何故だろか。永智が首を傾げていると彼は困ったように眉を下げ、微かに笑った。それがらしくないと思った。先ほど教室で見た笑顔が脳裏を過る。彼にはこんな無理やりな笑みは似合わないと心が叫んでいた。
「いや、いいっすよ。俺がやりたくてやってることだから……。おら、何時までも拗ねてんな!」
喧嘩の中心にいた二人の生徒の首根っこを押さえ引きずる様は外見に似合わず男らしい。二人とも逃げ出そうと暴れてはいるが一向に意味をなさない。
「――拗ねてねーよ!」
「いいや、拗ねてる」
「うるせー!あんたには関係ねーだろ!」
(――て、呆けてる場合じゃねえ。あいつ探さないと!)
ここまで追いかけてきた黒猫の姿を必死で探すが一向に見当たらない。彼にまかされた手前、逃げられたでは合わす顔がないと眉を寄せた時だった。視界に映った光景に思わず叫んでいた。
「――危ない!」
あれが何か永智には分からない。黒く大きな塊が背を向けた講師に向い飛びかかろうとしたのが見えたのだ。その声にはっと振り返ったが、それはすぐ目の前まで迫っていた。もう駄目だとそう思った時だった。
風が、吹き抜ける。そして永智の視界の傍で漆黒のコートが翻った。瞬く暇もなくいくつもの銃弾が響き、講師に襲いかかったそれがゆっくりと地面に倒れ込む。永智はその場にへたり込んでいた。一歩間違えれば彼はどうなっていたのか。そう考えるだけで背筋が凍る。けれど、襲われそうになっていた当人は涼しい顔で立っていた。そして永智の方を見上げ微笑んだ。その笑みに今まで以上に心臓が跳ねた。
「――わりい、雪男」
講師の視線の先は永智のすぐ傍に立つ青年である。長い黒のコートの腰に添えられたいくつもの装備に圧倒される。二丁の拳銃を難なく操る姿は圧巻だった。講師と似た顔立ち、けれども幾分も精悍な横顔に息をのむ。
眼鏡の奥から見えた瞳は、講師と同じ澄んだ青。彼は何者だろうか。それが青年に通じたのか。彼は座り込む永智の傍に膝を折ると、手を差し出し言った。
「大丈夫ですか?」
「え……、あ、はい」
「クロは――あの猫又は僕が捕まえておきますから、叶くんは戻りなさい」
にこやかな笑みと共に聞こえてきた自身の名に目を見開く。
「なんで、俺の名前……」
作品名:Radiant Days~Love so sweet 作家名:sumire